第4話 助けて!

「あの男が例の……魔法使いなのですか……?

 しかし、黒猫がいませんでしたけど」


「……後光、あんたってば、意外とファンシーなのね」


 お堅い口調と性格からは予想できないイメージだ。

 ぬいぐるみを抱いて眠ってそうだけど、さすがにそれは、ないか……。


「……見ていたのですか?」


「え、抱いてるんだ……?」


 恥ずかしい恥ずかしいっ! と鞘から刀身を出したりしまったり、

 それをする度に周りの関係ないところが斬れてるからやめてほしい。


 全ての請求が王城に届くんだから。

 まあ、払うのも手続きするのもお父様だから、私には関係ないけど。

 全ての責任を負うわけじゃないから気が楽だ。


「お、俺のモヒカンがーッ!」

「最後尾でなにか聞こえるわね」


「そうですか? 

 犬の鳴き声しか聞こえませんが……、人生に負けた、ね」


 なんで第一席の俺が一番うしろなんだよッ、しかも誰が負け犬だこらっ! 


 と、モヒカンが吠えていた。


 やっぱり犬じゃんか。




 私を先頭にして――これが本来の大名行列。

 パレードライン関係なく、国を一周する。


 定期的に、こうして見て回るのが恒例になっている。

 目的としては、私の姿と騎士団を、国民に認知させること。


 強大な味方がいるよ、というのを示すのと同時に、

 つまり、強力な味方は逆らえば最大の強敵になる、というのを現しているわけで。


 クーデターを失くす意味もある。


 ま、されたところで、神器を持つ私達に止められないクーデターはないけども。


 だからいちばん怖いのは、

 騎士団の中での仲間割れ。


 神器と神器がぶつかり合ったら、被害は周囲にまで及ぶ……そう、小さな戦争だ。


 そうならないために、

 実力で言えば第三位の後光に団長を任せたわけで。


 だって、モヒカンが団長って、絶対になめられるでしょ。


 いちばん強いのに、最後尾にいる事が、

 既に馬鹿にされていじられてる感が満載だし。


「姫さんの隣にいきてーよ」


 モヒカンがそんな甘えた事を言う。

 だが、あれは先に無茶な提案を出し、

 次に言った提案を飲ませやすくする、小手先のトーク術。


 まあ、見え見えではあったけども。


 すると、団長である後光が、それに返す。


「いちばん後ろは集団の死角ですよ、

 そこを任されている意味をよく考えるべきではありませんか……、モヒカン」


「最後尾の、意味……? 

 そっか、なるほど――分かったぜ」


 死角を実力不十分な者に任せるはずがない……、

 つまり、そこを任されているモヒカンは、

 さり気なく最も重要な一員なのだと意味しており……、


 納得したモヒカンが背を向け、後ろ向きで歩き出す。


「バカは扱いやすいですね」


 そうだねー、と同意する。

 そういうのも含めて、だからあいつは第一席なのよね。


 扱いにくい部下ほど、迷惑なものはないし。




 やがて、大名行列は無事に国を一周し、王城へ帰ってきた。

 いやあ、疲れた……。

 ずっと歩きっぱなしなのだから当たり前だ。

 しかし、まだ国民の前なので、ぐったりと、情けないところは見せられない。


 背筋を伸ばして胸を張る。

 釣られて、一歩うしろの後光も胸を張った。


 私は別に『ない』わけじゃないけど、

『あり過ぎる』後光にそれをされたら、いくら私でも負けを認めないと……。

 そんな敗北感がしゃくなので、後光のそれを思い切り掴む。


「な、ななな、なにを!?」


 なにをするんですか!? と慌てふためく後光。


 いやあ、違うんだなあ。

 そういう反応じゃなくて、

 もっと女の子らしい一面を期待していたのだけど、見せてはくれなかった。

 感受耐性はやっぱりあるのかなあ。


「間違えた、ごめんごめん。こっちか」


「どっちも同じですよ! 

 右から左になっただけじゃないですか!」


 ぱしんっ、と伸ばした手をはたかれた。

 姫になんて態度だろう、この団長は。


「……なら、姫らしくしていてください」


 姫らしく、ねえ――、


 姫らしく、というか、私らしく生きてはいるんだけども。


 つまり、それが姫らしさなのでは? 

 ともかく、細かい事は気にしないようにした。


 となると、いつもと変わらないので変化はなかった。

 結局のところ、後光にちょっかいを出したのは暇潰しだ。


 潰そうとしたのは暇だけじゃなかったけど、企みは失敗に終わる。

 たわわじゃなくてとほほかな。


 完成された実りを捻じ曲げる力は、私にはなかった……。


「――お姫様!」


 と、大名行列の進路を塞ぐように飛び出してきた男の子がいた。

 彼は見た目からして、裕福ではなさそうだった。


 ……でも、おかしい。

 そこまで貧困な者が、この国にまともに住めるはずもないんだけど。

 だって単純に、家賃が払えないだろう。


 去る者を拒まない方針なので、

 自然とお金のない者はこの国から姿を消すものなのだけど……、

 ふうん、事情がありそうね。


 一応、聞くけど……、


「お兄ちゃん!」


 あとを追って、女の子まで加わった。

 兄の後ろに隠れて、片目だけを覗かせ、私を見ている。


 薄汚れた格好。

 何日も洗っていないのは明白だった。


 女の子の方は、兄よりは幾分かマシでも、

 兄以外と比べてしまうと、やはり悲惨だ。


 あれじゃあ、目に止まる前にハエが止まる。

 普通に生活しているだけじゃあ、つかない傷があるのが、少し気になったが、

 やんちゃな男の子なだけの可能性もあるので、掘り下げない。


 言いたい事があるなら自分で言いなさい。

 怯えた様子の男の子の原因は、きっと私だろう。


 あえて睨んで、脅している。

 ここで逃げたら、そんなに切羽詰まってはいないんだろうし。

 覚悟はどれくらいなのだろうか……、それを見る。


「あ、え、と……お父さんが、カジノで負けて、それで、色々なところで借金をして、それで、一気に増やそうとして、またカジノで全額、使っちゃって……っ、い、今! 妹が病気なんです……だから、お姫様っ、僕達を助けてくださいっっ!」


 たどたどしくも言いたい事を全て伝えられた、と、

 ほっとした男の子を褒めてあげたい気分だったが、しかしだ。

 ここは心を鬼にしなくちゃいけない。


 いや、男の子の事は褒めても問題はないけど――、

 それよりも、以前の問題だった。


 助けるって、どうやって? 


 だって、特別扱いはできない。


 一人をしたら他の人もしなくちゃ、それは平等ではなくなってしまう。


 やむを得ない事情から、そうなってしまったのならば同情するし、

 全面的な支援はできなくとも、良好な関係は築いていける。

 そういう仲であれば、援助するのもやぶさかではない。


 だけど、カジノで全額使い、借金して、

 それを助けてくれ、というのは、うーん……都合が良過ぎる。


 というか、その言い分で私がうんと頷くと思ったのかな……。

 まあ、そこは男の子、子供だし、

 どうにかしたいと思って、感情のままに動いたのだろう。


 家族想いな子だなあ。

 でも、これって自業自得って事だよね。


 男の子は悪くないかもしれない。

 話を聞いている限りじゃあ、悪くない。


 巻き込まれた側だ。

 だけども、家族ってのは連帯責任であり、そこは組織と変わらない。


 父親の失敗は家族全員で被る事になる。

 借金のせいで苦しい生活を、どうにか助けてくれ、という要望なら、どうにもできない。

 援助する気はまったく起きない。


 ただ、妹の病気が危険な状況になったのなら、私も動かないわけにはいかない。

 遠慮なく病院に向かってくれれば、対処はしてあげる。


 あなたのツケにしといてあげるけど?


「ち、違っ、それよりも、生活が厳しいんです! 

 次にいつ、ご飯を食べられるか分からない。

 だから、お姫様の力を貸して欲しいと――



「くどい」



 媚びへつらって、

 膝を地面に擦らせながらすり寄ってくる、男の子の胸板を蹴り上げる。

 子供だから、簡単に体が真後ろへ吹っ飛んだ。


 ごろごろと、男の子が転がり、咳き込む。


「カジノで勝負した時点で、敗北の責任は一切、取らない決まりよ。

 あなたの父親は負けたの――、なら、こういう結果を受け入れなくてはダメ」


「お父さんが、したことで、僕達は、悪くは……っ!」


 男の子が歯噛みする。

 全部は父親のせい。

 それは知ってるし、だろうなあ、と納得。


 しかし、こういうパターンは今までに何度も見てきたし、

 それを全て、私は救っていない。


 一人を救い出したらきりがなくなる。


 それに。

 こういう状況から這い上がってきた者だって、私の後ろには数人、いるのだから。

 あなたにだって、できないことはない。


 ま、やる気があるかどうかね。

 すぐに助けを求めている時点で、根性はなさそうだ。


「さっ、どいたどいた。邪魔よ。不幸自慢はもううんざり」


 世界で自分だけが恵まれない存在だと思うなよ。

 と、恵まれた私が言ってみる。


 男の子に、私の言葉は届いていなさそうだった。


 ……はあ、言い損した。


 気を取り直して、決まっていたルート上をなぞっていく。

 しかし、男の子が一向に退かないので、後光が鞘に手を伸ばす――よりも早く、

 高身長の不気味な男が、長い腕を伸ばした……私の上から。


 やめてよ、それじゃあ私がチビみたいじゃないの。

 向こうからしたら、明らかにチビではあるんだけども。

 平均よりも全然、高いんだから、私は。

 靴の上げ底はもちろん、していない。


 殺気を感じたので、伸ばされたその手をはたいて止める。

 代わりに私が男の子を横から蹴って、ルート上から逸らさせる。

 ……そこで頭を冷やしていなさい。

 快晴で、そこは日向だけども、心の方は時間が経てば冷やされるだろう。


「止めるなよー」


 殺気を放った直後の行動を止めない姫が、どこにいるのよ。

 まったく、不気味だ。

 モヒカンとは真逆で、正反対。

 だからつまり、扱いづらいのよ。


「あと、後光も刀を子供に向けるのはどうかと思うわ」


「姫、短いスカートのまま蹴りを入れるのはどうかと……、正直、見えてます」


「いいのよ、そうやって、見せる用だから。

 このパンチラで支持を集められるのなら安いものよ」


 見せるパンツはちゃんと高いものだからね。

 これの価値をちゃんと理解するように。


 すると、


 どんっ、と、私の腰のあたりに衝撃。


 え……? 

 横っ腹に、深々とナイフが――刺されているわけでもなく、

 なので、赤黒い液体は体を循環したまま。

 腰にいたのは、さっきの男の子の、妹だった。


 彼女は必死に、お兄ちゃんを助けて、と懇願する。

 離そうとしてもしっかりと掴まれていて、引き剥がせない。

 はたいてもアドレナリンが出ているのか、彼女は痛みに鈍感だった。


 まったく……、これだから子供は。

 それに、やりづらいし。

 でも、顔はちょうど良い位置にあるのよね。


 ちょうど、私が膝を浮かせれば、直撃するコースに綺麗にはまっている。


「そう言えば、あなたは病気じゃなかったかしら?」


 ぎくっ、と反応した女の子。

 なるほど……、助けられやすくなるように、嘘を混ぜたと。


 真実の中に潜む嘘、

 嘘の中に潜む真実……、


 掴みどころがないわけじゃない。

 というか、掴みやすさで言えば、穴が空いているみたいだ。

 それでも、ちょっとは頭を使ったみたいね。

 それとも、その父親の差し金だったりして。


「どっちでもいっか」

 どっちにしたって、助ける気はないのだし。


 姫として、例外は作れないのよ。


 私の膝が女の子の顎を打ち上げる。

 支えた男の子と共に転がっていくが、しかし、女の子は立ち上がった。


「ひゅうっ」

 と、騎士団の誰かが、称賛するような口笛を吹く。

 だけど、女の子がしている事は無謀でしかない。


 私がもしも男だったのなら、

 女の子を一方的に追い詰める今の状況に罪悪感を覚えたけど……、

 残念なことに私は女なので、同性の年下を攻撃することに躊躇ちゅうちょはしない。


 というか、まず気安く話しかけないでくれるかしら……、私は姫なの。


 格下が腰にしがみつくように近づいていい存在じゃあ、ないのよ。


 ふらふらとした足取りで、虚ろな瞳で、近づいてくる女の子。


 そこまで頑張っても、無理なものは無理なのだと、兄は教えなかったのか。


 じゃあ、いい勉強になったね。


「姫様」


「ん。いいよ後光、責任を持って私がやるから」


 刀身を抜こうとした後光を止める。

 やがて女の子は、足をもつれさせ、

 私のお腹にぽすんと顔を押し付けて止まった。


 爪を立て、私の服に傷をつける。

 歯を食いしばりながら、私を見上げ、

 そこで表情が、サァっと、青くなる。


 たぶん、とても冷たい目だったのだろうと、自覚している。


 そして、言葉もまた。


「邪魔よ、ケダモノ」


 握った拳はしかし、空振りをした。

 お腹に顔を押し付けていた女の子の姿が、なかったのだ。


 騎士団全員に確認しても、誰も目で追えなかったらしい。


 距離を開けて……、いた。


 ――女の子だけじゃなかった。


 薄汚い格好だが、それは旅人の象徴だ。

 小さな鞄を肩にかけた、私と同じくらいの年齢に見える少年が、

 小さな女の子をお姫様抱っこしていた。


 姫の目の前で、別の誰かをお姫様抱っこをするなんて……! 

 ともかく、あいつは女の子を助けた。


 それは、私達の邪魔をしたことになり、

 つまり、文句があるということだろう。


 旅人だからこそ、ね。


 ――この戦力差で、喧嘩を売ってくる奴は、久しぶりよ。



「……あんた、なに?」

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