第3話 騎士団、集結

「仲、良いのね……」


 スプーンでくるくると、液体をかき混ぜるランコの、小さな呟き。


 その声が、私とワンダの会話をぷっつりと切った。

 声が出ずに固まる私達。


 そう言えば、夢中になっていたけど、

 まったく喋っていなかったよね、ランコ……。


 一体、いつからだろう。


「ワンちゃん……、ワンちゃんって呼び名は、私の特権なのに……」


 それだよ。

 私が冗談で、からかい目的で言った呼び名が、

 どうやらランコからしたらショックだったらしくて、しばらく落ち込んでいたらしい――、


「ワンちゃんが本当に迷惑してるなら……消そうかな」


 身の丈に合わない願い事を、

 勢いで短冊に書いてしまった思春期女子みたいな言い方だった。


 そんなロマンチックな感じで、人の消失か否かを決めないでほしいよ……。


 全然、落ち込んでないじゃない。

 静かだったのは、暗殺の方法を考えていただけかもしれない。

 ……ぞっとした。


 俯いたランコは、病的に、液体をずっと掻き回していた。

 あるわけないけど、液体からスプーンを取り出したら、

 先っぽが溶けてなくなっていそうな……、そんな不気味な感じ。


「ら、ランコ……?」

「ん、なに!? ワンちゃん!」


 両手を、ぱんっ、と叩いて切り替えたランコが、満面の笑みでワンダを見る。

 きらきらと輝かせた瞳で見つめられ、ワンダはたじたじだった。


 照れもあるだろうけど。

 それに、いつ、ランコの矛先が自分に向くか分からないワンダは、戦々恐々だろう。

 しかし、考えて。

 わたしってば、既に矛先を向けられてるっぽいんだよ。


 怪盗よりも、ただの女の子の方が今は普通に怖い……。


「ランコ……、なんでこんな近くに――重いっての」


「あーっ! 女の子に重いとか言っちゃうんだー」


 近いというか、密着してるよね、それ。

 椅子に座るワンダの太ももの上に乗っかったランコ。


 べったりとくっつき、

 追加で頼んだチョコレートケーキ、一つを、二人で分けて食べていた。

 切り分けたそれをランコがワンダの口へ運ぶ。

 あーはいはい、と呆れながら食べるワンダの頬の赤みを、私は見逃さなかった。


 なに澄ましてんのよこいつ……。

 ランコの手の平の上、ということの自覚がないらしい。


「……?」

 ランコが私を見ていたので、首を傾げると、

 ――ふふん、とドヤ顔をされた。

「!?」


 も、もしかして今、ワンダは渡さないよ、的な宣戦布告をされた……? 

 ふ、不本意すぎる! 

 誰も手に取らないわよ、そんな厄介な人間性の男なんて!

 

 私にだってタイプがあるんだから!

 話しかけた人、全員がワンダを狙うなんて思わないでっ。


 波長が合ったのはあんただけなんだから、自信を持ちなさいよ……。

 無意味な警戒よ、まったく。


「んー、久しぶりの糖分っ」


 ほっぺたが落ちそうなくらい、幸せそうな顔をされたら、作った人も報われると言うものだ。


 それにしても、同じ物を食べたのに、

 片方は心に響かず、一つの栄養としか見ていなかった。


 うまい、の一言もなかったわね、そう言えば。

 ただ噛んで飲み込んだ感じ。


 私だって食通なわけじゃないけど、

 それでも感動を覚えたりするものだけど……こいつにはそういうのがないのかしら……。


「んー、まあ、うまいけど、感動するほどのことじゃねえし。

 これってあれだろ、結局、最速のパターンにはめたマニュアルレシピの商品だろ? 

 それか作り置きだろうし。感情の乗っていない料理に、舌は反応しても心は反応しねえよ」


 うまいようで、うまいことは言えていない気がする。

 しかし、そう言われると、確かに、

 量産された料理をうまいとは感じないかな。


 不味いとは言わないけど、一気に無機質になった感じ。


「あんたは料理に感動とかしなさそうね。もうレーションでいいじゃない」


「ま、時間がなければそれでもいいけど。時間があるからなあ……」

 

 暇なら、騎士団の誘いを受けてくれればいいのに。

 楽をしたいこいつを説得するのは、かなりの難易度だ。


 借金でも作らないかなー、こいつ。

 そしたらお金を餌に釣り上げられるのに。


 仕事もせずに家でのんびりしているクズニート野郎なら、借金してそうだと思ったけど。


 厄介な件には顔を突っ込まない辺り、私からしたら厄介だ。

 だって、自滅してくれないんだもの。


「どういう目で俺を見ているか、よーく分かったよ。

 さすが姫様、自分を棚上げだな」


「ん、牡丹餅ぼたもち?」

 ちげえよ、というシンプルな否定だった。


「落ちてきたとしても、賞味期限が切れてそうだよな……」


「どういう意味よ」


 幸せを期待させておいて、不幸に叩き落とすみたいな意味合いかしら。

 まあ、そういう事を意図してやっている事もあるけどさ。


「つまり、目に毒って事だよ」

「なんか外見を否定された気がするんだけど……」


 そろそろ喧嘩しようか? 

 いつでも私は準備万端だから。


「まあまあ、全部を棚に上げようぜ」

「それで締まるわけがないでしょうよ」


 でもお迎えだぞ、と、ワンダが首を横に回す。


 私も首を振って視線を追うと、

 大名行列のように並ぶ、騎士団が集結していた。


 剣よりも刀身が細い、『刀』を腰に差した団長が、先頭に立つ。

 代表して、彼女がカフェテラスへ踏み込んできた。


「おーおー、威圧感があるなあ。

 あれに混ざるのは気苦労が多そうだ」


「あんた、絶対に気にしないでしょ」


 ワンダなら、団長の彼女の言葉を全て無視しながらも、

 自分からの一方的な命令はしそうなものだった。

 そういうところも買って、誘っているんだけども。


 本人に自覚はないらしい。

 なんだかんだと人をまとめる才能はありそうなんだけどねえ。


 人望があり、助けられているからこそ、

 絶対に働かないニートのような今の感じになった。


 そう言われても納得してしまう。

 考えられるのが、それくらいしかないのも事実。

 ランコの必要以上の世話を見ていると、尚更だ。


「姫、お迎えに上がりました」

「見てれば分かるよ。あと、あんた達、目立ち過ぎ」


 そうですか? と疑問符。

 自覚がないのは、仕方ないか――いつものことだもんね。


 後ろでは、騎士団の中でも一番、長身である、

 漂うオーラが真っ黒で不気味な男が、従業員に手を出していた。

 姫を前にしてナンパしているのはどうなの……?


後光ごこう、あいつむかつく」

「斬りますか?」


 うん、と頷くと、後光……、団長の彼女は、

 全体の四分の一だけ、鞘から刀身を出す。

 すると、カフェの従業員に伸びていた長身の男の腕が、服ごと皮膚を斬る。

 腕までは落とさなかったのね……、当たり前だろうけど。


 しかし、後光ならやりかねない。


 入れ替え制なので、

 騎士団メンバーの退場を感傷的に捉えていないからこそ、できることだった。


「団長ー、流れ弾がこっちきてるっつの」

「それは悪い事をした。次は斬り落とす」


「あんたら仲良くしなさいよ」


 まったくもうっ、と呆れながらも、

 みんなの調子がすこぶる良いことに私も気分が良くなる。


 立ち上がり、

 後光に促されるままに、騎士団の中に混ざる前に――、ひと言。


「気分が変わって、入る気になったかしら?」

「今のを見て気が変わるわけないだろ。お前ら物騒すぎるわ」


 国を守る戦闘集団なんだから、当たり前でしょ。


 あと、国どころか、

 世界を揺るがすことができる超常能力を持つ魔法使いのあんたに、言われたくないわよ。

 

 中でもいちばん物騒なのは、あんただ。

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