第2話 最強の魔法使い

 パレードラインよりもさらに外側のカフェテラスに、見知った顔を見つける。

 私は近づき、目の前の椅子に遠慮なく座った。


「あ、そこワンちゃんの……」


「ワンちゃん? 犬? 

 ……じゃなくて、あいつの事か。いやでも、犬みたいなもんよね」


「違うよお、ワンちゃんはワンちゃんだよお」

 

 もお、と彼女が頬を膨らませる。


 相方と真逆の真っ白なコートがよく目立つ。

 肩までの短い黒髪が、コーヒーを冷ますための吐息で揺れていた。


 私から見てもかなり可愛い部類に入る。

 最近仲良くなった彼女は、ランコと言う。


 周りを見るけど、いつも一緒にいるあいつの姿はなかった。


「ワンダの奴は?」

「トイレにいってるから、そろそろ――あ、ワンちゃん!」


 手を振るランコの視線を追う。

 振り向くと、げっ、と言い、

 最悪だと言わんばかりの顔をした黒コートで黒髪の男――ワンダの姿があった。


 すぐに方向転換して逃げようとするのを止めようとしたら、

「こら! 逃げるなワンちゃん!」


 決して強くはないけど、しかしなぜか力のある言葉に反応して、ぴたりと止まる。

 そして、何度か頭を掻いたワンダが、

 不本意そうな顔でゆっくりとカフェテラスまで戻ってきた。


 それから、渋々と席についた。


「……あんた、相変わらずランコに弱いのね」


「うっせえ」

 テーブルに肘をつき、私と目を合わせようとしなかった。


 ずっとランコの方を見ていて、

 それに気づいたランコが微笑むと、ワンダが照れて顔を逸らす。


 ……ラブコメか!


 この年で初心うぶな青春をするなよ……。

 私よりも年上なくせに。まあ、二歳くらいだけども。


 呼びつけた店員にコーヒーを注文した後、ワンダが、


「で、ただお茶しましょうってわけじゃないんだろうよ、どうせ。

 このわがまま姫様はよ」


 お、よく分かってる。

 ま、何度も会っていればそうなるか。


 別に、普通にお茶してもいいんだども、

 せっかく会ったのだし、一応、社交辞令として。


「魔法使いワンダ、私の騎士団に入ってもらえないかしら」


「いやだね」

 予想通りの返答に、もはやなにも感じない。

 だろうなー、としか思えない。


 ちょうど、店員がコーヒーを運んでくる。

 受け取ったワンダが一口飲んで噴き出した。


「苦っ!?」

「同じの頼んだけど、全然よ?」


 ミルクを入れたら問題ないとは思うけど、と、

 ワンダも用意されてあったミルクを入れて飲むが、一度目と変わらない。

 嫌そうな顔だった。


「不良品だなこれ」

「嫌いなら嫌いと言いなさいよ……」


 自分は悪くないし、みたいな見栄はいいから。

 魔法使いの中でも最強とか言われてるけど、小さいのよねえ。

 どうしてこうも実力に似合った性格をしてくれないんだろう。

 どこかが秀でていたら、どこかは欠けていなくちゃならないのかしら。


「お前も大概だろうが」


「? 完璧でしょ? 可愛くて才能があって人望もあり力も権力もある。

 精神力でも負けた事なんてないわ。天は人に二物を与えたのね」


「ああ、完璧だからこそ、その弊害が問題なわけね」


 なるほどなあ、と納得して、

 ワンダが近くにいた店員を呼びつけクレームを入れていた。


 ……苦過ぎるコーヒーに文句を言い、

 それを伝えるところがレベルを一段、飛んでいる。

 普通は言わないんだけど……。


「お客様……、ミルクやシロップは無料ですので、そちらで調整していただけると……」


「いやいや、そんなお子様用の救済措置を使えと? 

 それは俺が子供舌だと言っているわけか?」


 そう言っているし、実際そうなのに、絶対に認めないなこいつ……。

 あんたが最低人間だって事は、私もランコも知ってるのに、

 なんでそう格好つけたがるのだろう。

 盛ったところで、乗せる器があんたにはないじゃない。


「俺の舌に合うブラックコーヒーだ、すぐに取り換えてこい」


 悪質クレーマーが目の前にいる。

 姫としては止めるべきなんだけども、正直、相手はスカウト途中の男である。

 いくら最底辺の男とは言え、貴重な魔法使いの長兄……、


 現時点で最強と名乗り、それだけではなくそう評価されている男だ。

 国の戦力として欲しい身の上、あまり不機嫌にさせるのもあれなので、

 私も目線で店員に指示を出す。


『なんとかしなさい』


 姫だと気づいた店員が、私の目を見てぐるぐるぐるぐる、パニックになっている。


 同情するけど、手助けはしないから。

 というかしようがない。

 あんた達が頑張って、なんとかワンダの舌に合うものを出すか、

 もしくは、ランコを説得するしかないだろうねえ。


 ワンダの手綱を握っているのはランコだ。


 ただ……、


「ワンちゃん、良かったね。

 すぐに持ってきてくれるよ。楽しみだねー」


 と、本人以上に楽しみにしながら待っていた。


「……相変わらず甘やかしてるわねえ」

 ワンダの暴走を止めるのが、あんたの役目じゃないの?


「ワンちゃんが幸せそうにしてるなら、それが私の幸せだもん」


 こっちは器が大き過ぎる。

 なんでも許容しそうな勢いだ。


 ま、これが赤の他人となると、一気に冷たくなるんだけどね。

 ワンダにしか発揮されない限定的なもの。

 しかし、ランコに限らず、所詮はそんなものだろう。


 私だってそうだ。

 知らない人間に優しくするほど、警戒心がガバガバなわけじゃないし。


 姫だからこそ、見知らぬ人間を観察するのは必要なことだ。

 うっかり近づいてぐさりと刺されたらたまったもんじゃない。


 命は一つなのだから。


 大事にしなくちゃ。


 我が身が一番。

 我が身を守るためには、他人を犠牲に。


「あんたの力が必要なのよ――私を守って、ワンちゃんっ」


「部下や国民を犠牲とか言う奴の下なんかにつきたくねえよ……、

 あと、ワンちゃん言うな」


 運ばれてきた新しいコーヒー(色合い的にブラックではなく、うんとミルクを入れたらしいコーヒーを、ブラックと言い張る店員、苦肉の策なのだろう)をワンダが一口飲む。

 んむ、と眉を寄せ、飲み込み、うん、と頷く。


「やればできるじゃん」


 店員にピースを向けて、子供のようにはしゃぐ。

 それを見た店員は目を逸らしながら……、


 どうも、と罪悪感で一杯の表情を隠す。

 それからそそくさと、持ち場に戻った。


 たった一杯のコーヒーに、かなりの精神力が持っていかれたらしい。

 他テーブルの食器を持ち帰る時、

 いつもよりも二皿、少なくして、キッチンへ戻っていった。


「なんでそんなことが分かるんだよ……」


「見てれば普通に。

 些細な事でも見逃さない観察眼が、姫にとっては重要なの」


「気持ち悪いな……、

 最終的にはお前、今まで食べたパンの数を覚えてそうだな……」


「覚えてるわよ、当然でしょ」


 ああ、そう……、と引かれたんだけど、なにを想像したんだか。


 お米派だからパンを食べた事がないだけなんだけども……、


 まあ、説明するほどでもないし、いっか。


「ん、そろそろ気が変わったでしょ? 騎士団に入る気はない?」


「そんなころころと変わるわけねえだろ。情緒不安定じゃねえか」


 情緒だけじゃなくて色々と不安定でしょうが。

 ともかく、なにも誰でもいいってわけじゃないのよ……。


 騎士団の欠番、第九席――、


 そこに収まるべき人材は、あんたしかいないと思ってる。


「なんでまた」


「第一に、強いから」


 へえ、とワンダが手を顎に添え、

 分かってるじゃねえかこいつ、と言ったような顔をして、

「分かってるじゃねえかこいつ」と、しかも言いやがった。


 分かりやすいなあ……。


「で、第二に、我が強いから」


 現時点での、

 騎士団のメンバーに埋もれないくらいのキャラクター性がないとねえ。

 今いるメンバーをはずすことはできないし、したくない。

 こっちもこっちで、この信頼関係は長い期間で培われてきたものだ。


 そして第三に――欠点が多いから。

 たぶん、あいつは認めないだろうけど、欠点ばかりで、欠点しかないとまで言える。

 完璧人間なんていらない。

 それは私で充分。

 というか、キャラが被るんだからいらないの。


 そんなわけで、あんたがすごく欲しい。

 カフェタイムもそろそろ終わるし、王城へ戻るついでに獲得しておきたい。


「俺は切らした洗剤かなにかなのかよ」

「洗剤ではないわね、洗剤を入れられる方ね」


「汚れてるってことじゃねえか!」


 自覚を持ってくれてなにより。

 ――で、と促すと、ワンダが溜息を吐く。


「だからよお、そういうのは俺には向かないんだってば。

 集団行動が苦手だし、騎士団……、つまり騎士だろ? 

 姫の護衛だなんだと、俺は戦いたくねえんだよ」


「怖いから?」

「面白くないから」

 睨まれた……、怖っ。


「面白くねえことはやらねえんだよ。

 俺は好きなことを好きなだけやる。

 そっちの方が、俺は輝ける気がする!」


「夢を持ってる俺ってかっけー、みたいなノリで終わらせないでよ……。

 まあ、今日、絶対に手に入れなければいけないってわけでもないし、

 断ってくれてもいいけどさ――」


「おいおい、まさか後日、またくるんじゃねえだろうな? 

 ……ふざけんな、もうそろそろ付きまとうのはやめろよ」


「誤解のないように言っておくけど、

 私はあんたに会いにきているよりも早く、ランコに会いにきてるわけ。

 そこに、とことことことこ、

 あんたが歩いてくるからこうして誘ってあげてるのよ、まったく」


「餌に釣られた単純バカ呼ばわりすんな。

 俺が家に帰ったら、お前がいつも寝転んでゆったりしてる、

 みたいな状況なんじゃねえか。

 つーか人の私生活に侵食し過ぎなんだよ、お前は!」


「姫に向かってなんて口の利き方よ!」


「今更過ぎる!」

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