祭りの国とドラゴン・ドーター
渡貫とゐち
1章 リグヘット完全包囲網【語り:フォアイト】
第1話 最低最悪の姫
「『――国民の不満に目を向けず、
傍若無人の限りを尽くす最低最悪の姫――フォアイト・ランプ。
あなたの最も大切としているものを奪いに参上する!
……怪盗、マスク・ド・ラゴン』……ねえ」
赤と黒色で書かれたメッセージ。
これを受け取ってから、既に二日が経っている。
しっかしまあ……全然こない。
そわそわしながら待ってた私が馬鹿みたいだ。
家族で遊園地に遊びにいく前日の子供か、私は。
「いや、家がそもそも遊園地みたいな私にとっては、その子の気持ちは分からないけど」
当たり前にいけてしまうのが日課になると、楽しみは薄まる。
薄くなり過ぎて味なんてもうなくて、ほとんど氷のジュースだ。逆に不味い。
怪盗と言うのだから、昼間よりも夜中に動くだろうと思って、
結局、二日ほど、ろくに寝ていない。
一応、護衛はいるんだけども、いるにしてもぐっすりとは眠れない。
信用していないとかじゃなくて。ほんとにほんとに。
こっちは一人で緊張感を維持し続け、
護衛の『騎士団』九名は、シフト制だから各々、ぐっすりと眠れる時間があるというのは、なんだかずるい。全員起きてなさいよ。そう言いたかったけど……、
いざ怪盗が現れた時に、寝不足で動けませんでした、じゃあ、馬鹿みたいだ。
不本意だけども、シフト制は却下できなかった。
そういうことなら仕方ないけども、気持ち良くはないなあ。
私よりも楽をしているっていうその関係が、納得いかない。
「うわー、超、朝だ……」
まったく超ではないけども。窓の外は断然、普通の朝だ。
超をつけたのはなんとなく。
だって、ただ『朝だ』だけじゃあ、お口の感じ的に滑りにくいので、なにかを頭につけておくとすっと言えるっていう……、
まあ、私にしか分からない感覚なので、理解されなくともいいものだ。
気分の悪い朝、絶不調。
カラスが泣いてて不幸千万。
眠気がピークに。まぶたが下りてくる。
緊張感もほど良くなくなり、今ならぐっすりと眠れそう……、
レム睡眠を越えた向こう側へ。
クッションを抱えながら掛け布団を被って、あったかかー、とほっこりしていると、
突然、部屋の扉が開かれた。
あくびをしながら赤いモヒカンの男が入ってきた。
挨拶もなく、目障りな顔を見せて。
「お、姫さ――」
んッ!? と、モヒカンがいきなり股間を押さえ、
ちょ、ちょっと、どうしたのよ……?
恐る恐る近づくと、モヒカンは呼吸を荒くしながら私を見上げる。
足を肩に乗せてあげると、ちょっと嬉しそうにしているのが気持ち悪いなあ……。
「……てめえ、都合良く書き換えるなよ。
開口一番、てめえが俺の股間を蹴り上げたんだろうが。
しかも、悶えてる俺に足の裏を押し付けてきやがって……」
あと嬉しがってねえし! と文句を言うが、
いやいや、まーたまたあ。
みんなには黙っておいてあげるから。
「不本意だ!」
知らねえー。
「それで、怪盗は?」
「怪しげな奴はいなかったなあ。
団長ちゃんの時も変化はないって言ってたな、そう言えば」
「ああそう。ボランティアごくろうさま」
「時間外労働として報告するからな!?」
まあ、タダでもいいけどよぉ、とあくびをするモヒカン。
それに釣られて、私の方も大あくびをしてしまう。
互いに眠っていないのだから、疲労は昨日から引き継いでいる。
あぁー、かなりしんどい。
「おいモヒカン」
「髪型で呼ぶな。名前が嫌ならせめて『一席』にしろ」
「……噛ませ犬みたいなノリとナリなのに、
これが騎士団のナンバーワンなのよねえ」
なにをどう間違えたら、実力に不釣り合いな見た目になるのだろう。
一目瞭然、頭一点しか間違えた部分はないけども……、
そこ以外におかしなところはないし。
リーゼントなら合っていたかもねえ。
生憎と、こいつは破壊するだけでなにも直せないけど。
攻撃と踏み台に特化されてるのよ。
「誰が踏み台だこら」と、踏まれ慣れしているモヒカンは放っておいて、
さて、私は改めて、ひと眠りしようかしら。
肩に乗っけておいた足をどかす際、頬を蹴り飛ばしておく。
モヒカンはそのまま棚の角に頭をぶつけて、さらに悶えていた。
「踏んだり蹴ったりね……」
「お前がな!」
「私は寝る。
午後までには起きるから、それまではあんたが怪盗を見張っておくのよ」
「はあ!? いやいや、シフト制なんだから、
ギャル子でも
「あなたがいいの」
飴玉を転がすように言うと、モヒカンは言葉を詰まらせ、はあ、と溜息。
そして、素直に従い、部屋を出た。
どすん、と部屋の前で腰を落とした音。
どんと構えて見張ってくれるらしい――ちょろっ。
ちょっと甘えたらすぐにこれ。
自分でやっておきながら言うのもなんだけど、心酔し過ぎじゃない?
まあ、これが私クオリティ。
お姫様の力ってわけね。
なるべくしてなった。
あっはっは、
さすがは先代のお姫様が直々に私を選んだだけのことはあるぅ!
「ふあぁわ……あ、なんか何時間でも眠れそう……」
大食いチャレンジをする二日前くらいから食事を抜いてきたみたいな心境で、
私はまぶたを下ろす。
ぷっつん、すごく分かりやすく意識が途切れたのを、私は初めて体験した。
「おーおー、やってるなあ。
ほとんど毎日、変わらないものなのに、飽きないもんなのねえ」
祭りの国――『アウフタクト』。
国の全体図のほぼ真ん中に位置する王城の周りは、パレードラインになっていて、
踊り子や楽器を持った演奏隊、ゆっくりと動く、巨大なステージカー。
この国で人気のキャラクター達が、ステージ上で演技をしたり、キャラの姿を模した巨大バルーンが乗っかっていたり……、爆音を響かせながら、パレードラインを一周する。
遊びにくる分ならいいのだけど、この国に住んでいる人からしたら飽き飽きしているんじゃないかな、と思うけど、意外にも、アンケートを取るとそうでもないらしい。
まあ、祭り好きの人達が集まっているから、そうかもしれないけどさ。
たぶん、姫である私が、一番飽きてると思う。
時間帯的にお昼過ぎと夜にやるので、しかもお城のすぐ近くだから、凄くうるさい。
一回くらい止めてやろうかな。
文句を言う奴らは蹴散らせばいいし……、まあ、しないけど。
みんなが楽しんでいるならそれでいいからね。
それが姫ってものでしょ。
「あ、お姫ちゃん!」
と、小さな女の子が、貰ったらしいバルーンを持って、私に近づいてきた。
……お姫ちゃん。いやいや、私は友達か。
親近感を持たれているってのは、良い事かもしれないけど。
あんまり距離が近づき過ぎて、なにを言ってもいいと思われると厄介なんだよねえ。
まあ、今回は目を瞑るとして、
「どうしたの?」
「綺麗な白髪……」
「しらが言うな。これは
字にしてしまえば一緒だけど。
生まれつきを汚さないで。
「触らして」
と、手を伸ばしてくる女の子。
身長的にまったく届かない……はあ、仕方ない。
ちょっとだけよ? これを女の子に言う日がくるなんて。
しかし、割と汎用性は高いので、珍しくもなかった。
スカートを押さえて屈む。
女の子が白髪を触ってくる。
……んっ、ちょっとくすぐったい。
というか、なんだこれ。
午後一、私は寝起きになにをしてるの?
なにをされてるんだろう……。
「さらさらー……きゃっ」
すると、強烈な風が吹いた。
――っ、私は咄嗟に女の子が持つバルーンの紐を掴む。
すぐに女の子からバルーンを奪って、近くにいたメイドを呼びつけた。
王城の近くを掃除していたらしいメイドは、怯えながらも近づいてくる。
なんでそんなにびくびくしてるのよ、まあ、怒るつもりだけど。
「ど、どうされました、フォアイト様……」
「このバルーンの紐、これ、なによ。めちゃくちゃ細いじゃないの」
はあ、とメイドは不思議そうな顔をして頷く。
……こいつ、危険性を理解していないな。
「子供はこの紐を指に巻き付けてバルーンを持つのよ。
たとえば、なにかに引っかかってそのまま引っ張ってしまった、たとえば、暴風が吹いてバルーンが飛ばされてしまった――その場合、紐が巻きついた指が、飛ぶかもしれないのよ?」
さすがにそれは……、と聞こえたので、
「ん?」と聞き返す。
メイドはすぐに元気な声で「はい!」と返事をする。
「す、すぐに連絡をしてまいります!」
「うん、お願いね」
ぱちんっ、と平手打ちをメイドの頬に浴びせて、闘魂注入。
なんだか眠そうだったので、気合いを入れるためのものであり、
だから、暴力じゃないよ?
そう教えたんだけど、女の子が怯えて私から離れてしまった。
ま、あのメイドに着いていってねー、と、言うべき事は言ったのでまあいっか。
「フォアイトちゃん、もうちょっと優しくね」
「あ。なんだ、その子、おばちゃんの孫だったのね」
女の子はメイドではなく近くにいたおばちゃんの場所へいき、泣きついたらしい。
これじゃあ、メイドが涙目だよ。
しかし仕事はしてね、加えてハートマーク。
それにしても、平手打ちでそんなに怯えるなんて……、あんなの挨拶代わりなのに。
「この子が怖がったのはたぶん、
あなたの当たり前のようにすぐ平手打ちをする行動力の部分だと思うわよ?
あと、ツンツンしてて怖いわよ。
……昔はお姉ちゃんにべったりだったのにねえ」
「お姉ちゃん?」
女の子が食いつく。
「お姫ちゃんにもお姉ちゃん、いるの?」
「そうよお、あなたと同じようにねえ。
あいちゃんもお姉ちゃんに抱き着いたり、ちゅーしたりしてるでしょう?」
うん! とおばちゃんに抱き着く女の子。
家族愛を見せつけてくるその攻撃はなんなんだ、一体。
「お姫様も、あなたと一緒で同じことしてたの。
だから気持ちも一緒なのよ?」
「ちゅーはしてないけど!」
してない……と思う、けど、した……かな?
まだ立って歩けないくらいの時は、まあ。
「嘘ばっかりつかないで!」
「あなたが胎児の時から知ってるのに」
王族のプライベートが赤裸々過ぎる!
「だって、あなたを取り出したのは私よ?」
「あ、しっくりきた」
赤裸々というか、生まれたての裸を見られてるわけね。
この人、そんなディープな関係だったんだ……。
ワールドバザールの一店舗の奥さん、っていう認識しかなかったなあ。
「だから、小さい時からあなたを知ってるの。
どんな恥ずかしいエピソードもね」
と、弱みを握られた。
うわあ、揺すられるよ。
「もう、なにもしないわよお。まあ、ちょっとばかし、親目線で注意をね。
……やり過ぎないように。
そうね、あとは、いつだっておばちゃんは味方だから。――ね」
そう言い残し、おばちゃんと女の子が終了寸前のパレードを見にいった。
……なんかもう、バルーンの事は忘れているらしい。
まあ、貰った時は嬉しいけど、結局、あとで邪魔になるし、いいのかもね。
さて。
「……やり過ぎの度合いが分からないな」
注意された部分は、序の口ですらないんだけども。
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