私は世間を騒がせている殺人鬼です。この度、私の模倣犯の犯行を真似て殺人をしていたことを、ここに告白します。

人類

第1話『最期(さいしょ)の殺人』

   ※


 ――――私は、いつも考えている。これを、最期の殺しにしようと。


 顔立ちや肌のしつ、声や仕草しぐさ、趣味や嗜好しこうを知り得ている人間を殺すのは、実に心苦しい。人は神が造りし創造物と呼ばれるけれど、私は神の使いではない。天罰を与える側ではなく、天罰が下る身であることは、誰よりも理解している。

 けれど、辞めることはできない。

 彼女の悲鳴が、私に活力を与えてくれるからだ。


 暗闇に、影がふたつ。


 私と、綺麗な黒髪を血に濡らしたナターシャ。

 彼女は、私の仕事仲間を介して知り合った女性だ。ペンが折れ、生きる術を失いかけていた私を救おうという気遣い、もしくは恩を売ろうという思惑のもと、彼女と私は知り合った。

 ふたつの影のうち、動くのはひとつだけ。

 月光に揺らめくひとつの影からは、いくつもの声が聞こえた。

「――君たち。新入りのナターシャだ。仲良くしてくれよ?」

 ――あら、クロース。また新しい子?

「そうだよ、ビクトリア。君と同じく、音楽を愛する女性だった。仲良くできると思うよ?」

 ――ナターシャ? 貴女は、その子のどこを気に入ったの?

「ああ、グリシャ。彼女の髪は、君と同じくとても美しかったんだ。美しく、懐かしさを覚えるものに、私は目がない。知っているだろう?」

 ――これで何人目かしら? これって、浮気じゃなくて?

「浮気じゃないさ、シャーリー。君たちは土の下に葬られるわけじゃなく、私という棺桶……例えるなら『共同墓地』に埋葬されるだけさ」

 ――まるで死んでしまったような言い草ね、クロース?

「そうだね、グリス。そこは訂正せねばならないね。君たちは、私の中で永遠に生き続けるのさ。昔から、よく言うだろう? 人は死んだとしても、消えるわけじゃない。記憶の中で、永遠となるとね。ビクトリアも、グリシャも、シャーリーも、シャーリーも。そして新入りのナターシャも、記憶わたしの中で生き続けるんだ」

 明けない月夜の下で、私は血の花を咲かせる抜け殻に目を向ける。眼球を潰され、舌を切り取り、そこにある美貌びぼうの中でも特に目立っていた長髪も、今は私の手の内にある。

 美しい女性――ナターシャ・ブラウン。音楽を愛し、不幸にも私に出会ってしまった女性ひと。別れの言葉を告げることも考えたが、結局はやめることにした。そんなことをしなくとも、彼女は自分と共に在るんだから。

 ――よろしく、クロースさん?

「ああ、よろしく頼むよ――ナターシャ」

 

 静寂が意識の外を徘徊はいかいする夜の時間。

 自分を見つけ出すことができるのは、頭上で輝く月光だけだと思い、私は何度目かわからない殺しをおこなった。

 眼球と舌、そして髪。

 お決まりの戦利品をふところにしまい込み、私――クロース・ミラーは帰路についた。

 ひとりきりの帰り道だが、寂しくはない。自分の中には、殺してきた女性たちがいる。

 それに、これでようやく次回作を書き上げることができそうなのだ。

 絞殺の際の感触が手に残り、鼻孔をつく血の残り香が私の気分を高揚させる。これほど気持ちが高ぶっていては、どうも抑え込むことはむずかしそうだ。

 ――――だからこそ、油断してしまったのだろう。


 私はこの日、初めて誰かに殺しを目撃されたことに、気がつかなかったのだ。

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私は世間を騒がせている殺人鬼です。この度、私の模倣犯の犯行を真似て殺人をしていたことを、ここに告白します。 人類 @jinrui

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