第9話:温泉・ウスイ

 アリスに言われた通りエルフの森を出て東へ進むと、大自然に囲まれた小さな村が見えてきて、湯煙がたくさん立っていた。


「あ! あれだよね! 煙いっぱい出てるよ!」

「みたいだな。降りようか」


 村の入り口前でホウキから降りて中へと入る。村の見た目はいたって普通というか、少しリンドに似ているだろうか。不思議な親近感が湧いてくる。


 ただ温水が湧き立つこの自然に囲まれているからか、あちこちから水の流れる音が聞こえてきてどこか心地よい。


 村の中を進んでいくと宿が見え始め、どうやらそこから先に温泉があるようだ。


 宿の中へ入り2泊3日で登録を済ませる。案内された部屋へ入るなり荷物を置くと、さっそくリニスが入浴の準備を始めた。


「よ~し! さっそく入ろ、シオン!」

「それはいいけど、はしゃぎ過ぎて他のお客さんに迷惑かけるなよ?」

「わかってま~す」


 そう言って部屋を出ていくリニス。オレも後を追うように部屋を出た。


 2,3分くらい歩いて外に出ると、清流の傍らに湧いている温泉が見えた。


「はぁ~~…、なんだかまだ入ってないのに心が洗わられてる気分だよ」

「ははっ、確かにな。これは名湯といっても過言じゃないだろう」


 向こう側には小さな滝がいくつもあり、そこから流れてきている温水をここに溜めているようだ。


 この温泉はとても広くて、すでに何人もの観光客が湯に浸かっている。ただ気になったのは…。


「あれ、ここって混浴なのか。一応湯巻は着けてるみたいだけど」

「ほんとだ。でも今はほとんど女性客みたいだし、ワタシは気にしないよ?」

「オレが気にするんだけど…」


 大丈夫大丈夫といってオレの背中をグイグイ押してくる。


「はぁ。まあリニスがいればまだマシか」


 オレは諦めて湯巻に着替えることにした。




 体を洗って湯に浸かる。するとシュワシュワと音を立てながら泡が出てきた。


「わわっ! これなに!?」

「なんだろう…あ、看板に何か書いてある。えーと、『温泉・ウスイ。湯に浸かると出てくる泡には美肌効果が期待できます』だってさ」

「へぇ〜、これがそうなんだぁ」


 感心したリニスはその泡を楽しんでいる。オレも初めての泡の感覚に興味を引く。


 そんなオレ達の近くに、二人の若い女性客が来た。オレ達と同じ人族ヒューマンだ。


「こんにちは、お兄さんにお姉さん。旅行かしら?」

「あ、はいそうです。お二人もですか?」

「ええ、小旅行に。この温泉の美肌効果に吊られてね」

「あはは、ワタシ達と同じですね」

「あら、二人は気にする必要が無いくらい美肌に見えるけど?」

「それはお二人にも言えるかと思いますが」

「うふふ、お兄さん上手ねぇ。どう?この後も一緒に食事でも」

「え、えっとー」

「いえ結構です。ワタシと一緒に食事を取るので」


 二人の誘いにリニスが笑顔で断りを入れる。


 ……いや怖いから。


「あら残念。お兄さん、気が変わったらいつでも来ていいからね」

「じゃあ私たちはこの辺で」


 二人は手を振って湯から出ていった。


 オレはチラッとリニスを見ると、案の定不機嫌顔だった。


「ぷすぅー…」

「リニス、顔。断ったのだから大丈夫でしょ」

「…でもヤキモチ焼くのとは別」


 そう言ってガッシリとオレの腕を掴んでくる。


 …掴むのはいいけど、今は遠慮して欲しかった。色々とダイレクトに当たってるから。


「はぁ。それより、もう少し浸かっていくか?」

「うん、あともう少しだけね」


 そんな事がありながら、オレ達は温泉・ウスイを堪能したのだった。




 部屋に戻りベットでゆったりするワタシ達。シオンはいつもの本をゆっくり読み進めていた。


「シオンっていつもその本読んでいるよね。飽きたりしないの?」

「ん、この本の物語が好きだからね。飽きることはないかな」

「へぇ……あれ、それってどんなお話だっけ?」


 ワタシがそう聞くと、シオンは本の表紙を見せながら教えてくれた。


「星の魔女の物語。まあタイトルの通り、星の魔女について書かれている本だよ。彼女が旅を経て体験したことを物語にしているんだ」

「…星の魔女って、確かクランベリでも言ってたよね。シオンはその人に会ったことがあるんだよね?」

「ああ、一度だけな。ほら、5年前にオレ、一度事故で大けがしたって話をしたろ? その時、たまたま通りかかった彼女に助けてもらったんだ」

「そうだったんだ」

「んで、その後で彼女が星の魔女と名乗っていることを知ったんだ。そこからかな、この本を見つけて読むようになったのは」


 シオンは懐かしそうにしながら本を見ている。ワタシとしてはちょっとジェラシーだけど、シオンの命の恩人なら無下には出来ないし、今だけ許してあげよう。


 それはそうと…。


「また会いたい? その人に」

「そうだな。あの時、ちゃんとお礼言えてなかったから。会って、感謝の気持ちを伝えたいかな」


 そう言ったシオンにワタシは提案する。


「じゃあ、この旅の目的は、星の魔女を探すことにしよ?」

「…いいのか? 元はリニスが行きたいって言い出した旅だろ?」

「いいのいいの! ワタシも実際に会ってみたいもの。ワタシもシオンを助けてくれてありがとうって伝えたい」

「リニス…」

「ね? だから、これは星の魔女を探す旅! 決定!」


 ちょっと強引かもしれないけど、ワタシも気になるのは本心だし、それでシオンが喜んでくれるなら、ワタシはそれがいい。


「ありがとう、リニス」

「えへへ、どういたしまして」


 シオンが頭を撫でながらお礼を言う。気持ちいいなぁ。


 ……と、そうだ。


「その本にはどんなことが書かれてるの?」

「そうだな…ひときわ存在感のある内容だと、天に漂う海シー・エデンに行った時の話とか、世界を駆ける小大陸ワールド・カンティネントで戦争を食い止めたときの話とかかな」

「しーえでん? わーるどかんてぃねんと?」


 知らない名前を聞いたワタシはチンプンカンプン。そんなワタシを見たシオンはジト目を向けてきた。


「…リニスはもう少し本を読むべきだな。今言ったの結構有名だからね」

「うっ。で、でもほら! そういうのはシオンに任せてるから! ワタシはいいんだよ!」

「何がいいんだか」


 やれやれと呆れて再び本を開いて読み始めるシオン。ワタシはシオンを見ながらふと思いつく。


「じゃあさ、その本読んで聞かせてよ」

「オレが読み聞かせるのか。貸すから自分でよん…」

「聞かせて?」


 ワタシが上目遣いでおねだりすると、シオンはしょうがないなといった様子で読み始めたのだった。

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