第3話:水の都クランベリ・湖の主Ⅰ

 日も暮れ始めた頃にはアゲアゲ屋に戻り、夕食もお風呂も済ませたあと、オレ達は部屋で寛いでいた。


 オレはベットに寝そべりながら本を読み、隣で同じく寝そべるリニスは何やら分厚い日記帳を取り出し、空白のページにペンを走らせていた。


「ふ~んふっふふ~ん」

「…何を書いてるんだ?」

「うん? んっとね~、今日あった出来事をこの日記帳に書くことにしたの! ほら、やっぱりこういう旅には必須じゃない?」

「必須かどうかはともかく、いいと思うけど、なんで書くことにしたの?」

「この旅が終わった後、お年寄りになっても、二人で読み返したときにこういう事があったねって、思い出話ができるでしょ?だから書くことにしたんだよ」


 どう?えらいでしょ? と言わんばかりにドヤ顔をしてくる。いつもならイラっとするところだが、それより今は言いたいことがある。


「リニス、なんか年寄りくさいぞ」

「んな!? どこがよ~!」

「日記をつけること自体はいいのだけど、まだ始まったばかりなのに、もう老後の話とか……やっぱりすでに年寄りくさい」

「ぶ~ぶ~! じゃあいいもん! シオンには見せてあげないんだから!」


 そう言って拗ねたリニスはそっぽを向いた。そんなリニスを愛おしく思ったオレは彼女を抱き寄せる。


「むぐぅ……抱きしめたからって、許してあげないんだから」

「……そういう割には顔がニヤけているけど」

「………………」


 オレが指摘すると、リニスは無言になり、やがて向きをこちらに変えてお互い正面から抱きしめ合う形になる。


「…今日はこのまま寝るから。そしたら明日には機嫌が良くなってるかもね」


 まだ少し拗ねたようにそう言いながら、リニスはさらに強く抱きしめてくる。


「はいはい…わかりましたよ。おやすみ、お嬢様」

「魔法使いですが、おやすみなさい」

「そこ突っ込まなくてよくね?」


 そんな夜だった。



 次の日の朝、起床したオレ達は着替えて顔を洗い、部屋を出て階段を下りる。食堂が見えてくると、すでにネイシアが仕事をしていた。


「おはようネイシア、朝早いんだな」

「あ、おはようお二人さん! …ムフフ、昨日の夜はどうでしたかな?」


 とニヤニヤしながら聞いてくる。こいつはこういうネタ話が好きなのだろう。


「えへへ~、あのね、シオンがね~…」

「こら、余計なことは言わなくてよろしい」

「あうっ」

「おやおや~? 何か言えない、イケないことでもしたのかな~?」

「(イラッ)何も無かったよ」

「え~、ほんとかな~。怪しいな~」


 何も無いというとろうに。これは何を言ってもからかってくると思い、注文を済ませて話題をすり替えることにした。


「それより、今日も街を周る予定なんだけど、どこかいい場所知ってるか?」

「うん? う~ん、そうだな~………あ、そうだ。ボートでクラン湖の北の方に進んでいくと、小さな孤島があるんだけど、そこでは毎年“湖の主”を釣る大会が開かれてるんだ」

「“湖の主”? 何それ」

「うん、ほら、昨日二人が食べたレッドフィッシュあるでしょ? あれに似てる超おっきい番! 五メートルくらいはあるって聞いてるよ」

「ごっ五メートル!?」


 リニスが驚きのあまりフォークで突き刺していたサラダを溢す。まあ無理もない、魚で五メートルは世界中を探してもそうそういないだろう。それくらい珍しく、大きいという事なのだから。


「それで、その大会は今も開いてるのか?」

「うん、今日からやってるはずだよ。当日参加でも全然オッケーだから、行ってみるといいよ」

「そうだな……リニスも相当気になってるみたいだし、行ってみるか」

「いいの!? やったー!」


 そわそわしていたリニスを見て行くと決めると、リニスはバンザイをして喜んだ。そんなに行きたかったのか。確かに気になるけど。


「ふふっ、昨日行ったっていう船乗り場に行くと受付をやってるからね、エントリーは速めにしておいた方がいいよ」

「ああ、わかった。ありがとう、ごちそうさま」

「ごちそうさまでした! 行ってきます!」

「はいは~い、行ってらっしゃ~い!」


 ネイシアに見送られ、オレ達は昨日の船乗り場へと向かう。


 目的地に着くと、結構な人が集まっていた。どうやら参加者にしろ観客にしろ、このイベントはかなり盛り上がると見た。


「いっぱいいるね~。これみんな参加者かな?」

「さすがに全員という訳じゃないだろう。観客もいるはずだし」

「あそっか。でも盛り上がるんだろうね!」

「そうだな。これは期待できるかも」


 と話していると、そこへ昨日会ったお爺さんがこちらにやってくる。


「やあお二人さん、来てくれたんだね。昨日はこのイベントの事すっかり教え忘れてしまってね。どうしようかと思ってたんだが」

「はは、宿の店員に聞いたんです。それで行こうかってことになって」

「そうかそうか、それならよかった。参加受付はあそこでやってるから、先に済ませてくるといい」

「わかりました」


 そう言ってお爺さんの指した方へと向かい、受付でエントリーを済ませる。


「孤島へは各自ボートへ乗ってもらいます。操縦のやり方はご存じでしょうか」

「はいはい! ワタシ知ってる!」

「では操縦はお嬢さんにお任せします。大会のルールについてはこちらをご覧ください。何か分からないことがあれば、私か他のスタッフにお尋ねください」

「ええ、わかりました」

「では、是非楽しんでいってくださいね」


 笑顔でそう言った受付嬢を背に、オレ達はボートの方へと向かった。


「というかリニス、さっき操縦できるとか言ってたけど、ほんとに大丈夫か?」

「えへへ、大丈夫大丈夫! 仕組みだってもう分かってるんだし、何とかなるなる!」

「…はぁ、まあいいけど。それより気になったのだが、毎年開催されるというからには、その湖の主とやらは未だ釣れたことがないってことなのかな」

「あ、そういえばそうなるよね…ってことは、やっぱり相当手ごわいのかな」

「だろうな…今年は釣れるのか?」


 若干の不安と期待を胸に、オレ達はボートに乗って北の孤島へと進んでいく。

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