第40話 白龍の会議

「おっと……。ちょっとだけ、力を贈りすぎたね」


 倒れるリリを抱き留めたドレイクが、我が子を見守る父のように、ふわりと微笑んでいた。


 首の後ろに手を回して、リリの頬を指先で静かに撫でる。


「でも仕方がないかな。竜は純粋な子に微笑む。童話の時代からずっとそうだからね」


 小さく微笑んだ視線の先では、口元を緩めたリリが、優しい寝息を立てていた。


 膝の下に手を回して、起こさないようにゆっくりと持ち上げる。


「流石はメアリくんのお友達だよ。素直な良い子だ」


 チラリと視線を向けると、当然でしょ? 私のリリだもの、と言った様子で、メアリが楽しげに胸を張っていた。


 すると不意に、1体の大きなキノコがトテトテと駆けてくる。


「きゅ!」


「ん? あぁ、よろしく頼むよ」


「キュァ!」


 ぷにぷにの傘にリリを静かに乗せる

と、大きなキノコはそのまま、端の方へと駆けて行った。


 4体が集まって傘を並べると、簡易のベッドになるらしい。


 膝枕ならぬ、傘枕だろうか?


 ぷにぷにとした傘に体が程よく沈み込んでいて、何とも寝やすそうだ。


「僕が寝るのには、ちょっとだけ小さいけどね」


 クスリと喉を鳴らしたドレイクが、指先でネクタイを揺すって緩めていく。


 ワイシャツのボタンを指先で2つだけ外して、メアリに視線を向けた。


「リリくんへの加護は付け終わったよ。後は目を覚ますのを待つだけだね。ここに来た用事は、これだけかな?」


 無論、それはないだろう。


 そんなドレイクの予想を肯定するように、メアリがふふっ、と微笑んだ。


「いいえ、違うわ。仲良くなってくれるとは思っていたけれど、まさか加護までくれるとは思わなかったもの」


「そうだね。僕自身も、同じ時代に、最上級の加護を2人に与えるとは思わなかったよ」


「でも、それが天啓なのでしょ?」


「そう。君達が光の神と呼ぶ父のーー竜王の決定だからね」


 もちろん、与える者の意思が、1番強く反映されるけどさ。


 そう言って、ドレイクが優しい視線をリリの方に向けていた。


 それは純粋に、幼い子を見守る優しい瞳。


 その瞳を見上げたメアリが小さく微笑んで、ふわりと長い髪をなびかせる。


「さてと。相談、と言うよりも、お願いがあるのだけど、良いかしら?」


 一歩、二歩と前に出て、ドレイクに近付いていく。


 周囲のキノコたちが慌ただしく動き出して、机に椅子、紅茶やお茶菓子などが、傘の中から取り出されいく。


 いつの間にか、何もなかった洞窟内に、即席の応接室が作られていた。


「いやはや、何度見ても驚くね。キミのお友達は」


「そうでしょ? 可愛くて優秀なのよ」


 椅子に腰掛けたメアリが、側にいたマッシュの傘を指先でなでる。


 まるで飼い猫のように目を細めたマッシュルが、甘えるように身を寄せた。


「メアリくんには敵わないね」


 全てがキミの手のひらの上なのかと思うよ。


 そんな言葉を口にしながら、ドレイクが対面の椅子へと腰掛ける。


「それにしても、願いを聞け、っていきなりだね。一応これでも竜族の王子なんだけど、わかってるのかい?」


「ええ、もちろん知っているわ。でも、アナタにしか頼れないの。私だけじゃなくて、リリの頼みでもあるの」


 ふわりと微笑んで、紅茶を一口。


 並んでいたお茶請けもパクリ。


 竜族の王子様であるドレイクに対する恐れや、怯え、敬う姿勢も感じなかった。


「それに。どうせ寝ているだけでしょ?」


「あぁ、うん、まぁ、そうなんだけどね。やることもないし」


 ここまで来ると、もはや暴言だった。


 それでも彼女は、最上級の加護を与えた相手。


 娘のような存在。


「迷惑はかけないわ。手伝ってくれないかしら?」


 真っ直ぐに、等身大で見詰め返してくる姿が、なんとも心地良かった。


「……わかったよ。キミの頼みなら、無視も出来ないしね。それで? 対価はあるのかな?」


「もちろんよ。引っ越しの挨拶と同じ物になるのだけど、リリがあの状態だもの」


 猫のように丸くなって気持ちよさそうに眠るリリの姿を流したメアリが、指先をパチリと鳴らす。


 並んでいたお菓子が下げられて、代わりに大きな平皿が、テーブルの中央に鎮座する。


 ナイフにフォーク、小さめのスプーン。


 ドレイクの前だけに、カトラリーが並べられていた。


「〈 地獄の業火ヘル バーニング 〉」


 小鳥が歌うようなメアリの声に続いて、周囲が闇夜に包まれる。


 入口から差し込んでいた光が、今は暗闇に遮られていた。


 大皿の上に青い炎が灯り、周囲を熱風が吹き荒れる。


「なるほど。これなら申し分ないね」


 口元を緩めたドレイクが、ゴクリと喉を鳴らしていた。


 フォークとナイフで青白い炎を切り分けて、小さく頬張る。


 もにゅもにゅ、……ゴクリ。


「やはりキミは、楽しい子だ」


 ナプキンで口元を拭ったドレイクは、その日一番の笑みを浮かべて見せた。

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