第39話 誰かをお迎えに?? 4
そうしてそれぞれがマッシュの傘に揺られて5分くらい。
「はぁ、はぁ、はぁ……。到着、ですか……?」
息も絶え絶えな様子のリリが、マッシュの上から転げ落ちていた。
私は地面が大好きです! と言わんばかりに寝ころんで、大きく息を吸い込む。
ひんやりとした岩のベッドが、火照った体を冷ましてくれる。
「……あ、れ?」
崖の頂上に到着したのかと思ったけど、見上げた先には、岩の天井が見えていた。
もしかすると、空いていた穴の中にでも入ってくれたろうか?
「途中、休憩……?」
またあの恐怖が再開するの!?
そんな思いが、リリの脳内を流れていく。
だけど、それは違うらしい。
「いいえ。ここが目的地よ」
「そう、ですか!」
やった! 到着した!! なんて叫ぶ元気は、どこにもなかった。
喉がヒリヒリして喋り難いのは、たぶんだけど、叫び過ぎたから。
「さすがに疲れたわね。だけど、その苦労に見合うだけの、ステキな風景だったと思わないかしら?」
「…………そう、ですね」
反論する気力もない。
リリが見た景色なんて、転がり落ちていく石と、転がり落ちてくる岩と、楽しかったあの頃の走馬灯くらいだ。
後ろや下?
見ている余裕なんて、あるはずもない。
「はい、あーん」
「…………」
そんな状態で食べても、美味しいと感じるのは、さすがは超高級品、と言ったところなのだろう。
賢者の実の程良い甘さが流れ落ちていき、痛かった喉も、今は少しだけ治まっている気がした。
「それで、ここは?」
メアリが目的地と言ったが、周囲には何もない。
奥の方は光が届いていないせいでよく見えないけど、もしかすると、この先に進む予定なのだろうか?
というか、弟を迎えに行く予定では?
この奥に弟がいる、なんてオチはないだろうし……。
そんなことを思い浮かべながら、リリがぼんやりと頭をひねる。
「こんにちは、でいいかな? それとも、今晩はかい?」
「え……?」
ーー不意に、誰かの声がした。
それは聞き覚えのない、男性の声。
見渡せない闇の奥から、コツコツと歩く音がして、リリがゴクリと息を飲む。
入口から差し込む光が、近付いてくる革靴を照らしてくれた。
「あぁ、なるほど。メアリくんのお友達だね?」
メアリ様の知り合い!?
ってか、お友達って私のこと!?
なんか、渋くない!?
そんな思いを胸に、リリがぺこんと跳ね起きる。
年齢は40歳くらいだろうか?
きっちりとネクタイをしめた、スーツ姿の男性が、白髪混じりのショートヘアをさらりとかきあげながら、ゆっくりと近付いてくる。
「わっ、えっと、あの」
「可愛らしいチャイムの音を奏でてくれたのは、キミかな? 素敵な声だったよ」
「えっ?」
チャイム?
もしかして、悲鳴のこと!???
「えっと、あの、……ごめんなさい!」
「いやいや、清々しい目覚めだったよ。メアリくんのお友達らしいな、とは思ったけどね」
「お恥ずかしい限りです」
まさか、あの絶叫を第三者に聞かれていたなんて!
と言うか、お友達らしいってなに!?
変人仲間ってこと!?
一緒にしないでください!!
なんて、言えないけど。
「はじめまして、で、良かったかな?
そんな言葉と共に男らしい笑みを浮かべた男性ーードレイクが、右手を差し出してくれる。
「え? あっ、はい! リリです。よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね。キミも面白い魔力だ」
「え????」
伸ばし返した手が握られて、もう片方の手が頭を撫でてくれる。
「大丈夫。キミも弟くんも、幸せになれるよ。努力は報われる。もし君たちが望むなら、
「ぇ……?」
どういう意味?
クルリと振り向いて視線を向けたけど、メアリ様はただ微笑むばかり。
小さく首を横に振ったのは、私は何も喋っていない、と言う意味に見えた。
「あぁ、どうやら困らせてしまったみたいだね。もしキミたちが望なら、って話だから、気にしなくても大丈夫だよ」
そういう啓示だから。なんて言葉と共に、大きな手が頭を撫でた。
「リリくんは、強くなれたら、何がしたいのかな?」
「強く、ですか?」
「そう。考えたこともない、って顔だね」
平民に生まれて、両親を亡くしてからはずっと、生きることに必死だったから。
でも、もし強くなっても、それは変わらないと思う。
「弟を、守りたいです。私はお姉ちゃんだから」
「そっか。強くなりたいかな?」
「そうですね。なれるのなら、なりたいですね」
もし私が強かったら、降りかかる理不尽を追い払う事が出来たと思うから。
知恵も、力も、お金もなくて。
どれか1つでもあれば、逃げ続ける以外の事が出来たと思うから。
「そっか。やっぱり面白い子だね。キミも、メアリくんも」
不意に前髪が上げられて、ドレイクの顔が近付いてくる。
チュッ、と音がして、見た目よりも柔らかな唇が、額に触れていた。
「白竜のおまじない」
そんな声を最後に、目の前が白くなる。
リリの瞼が、ゆっくりと落ちていった。
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