第34話 王子と令嬢


 メアリが魔の森に追放されてから、2週間が経過した、その日。


 王都にある王太子の仕事部屋に、リアム王子の叫び声が響いていた。


「ラテスが土地の権利を買い取っているだと!?」


 手元の資料を放り出したリアムが、机に身を乗り出して、床に膝を付く部下を見下ろす。


 そもそもが、余にも仕事を回せ、と命じて持ってこさせた仕事をしていただけだ。


 後回しにしても、誰にも迷惑はかからない。

 むしろ、リアムの手を離れた方が、喜ぶ者も多かった。


 そんな周囲の思いも知らずに、リアムが拳を机に叩きつける。


「そもそも、ヤツはいつ帰って来ていた!? 聞いていないぞ!!」


「そっ、それが。物見の話では、城には戻られず、宿に泊まって居られるとのこと。権利の交渉も街で行っているようです」


「……ちっ! 無能が!!」


 おそらくはこちらの動きを警戒したのだろう。


 城内での交渉なら横槍の手もあるが、街中では目立ちすぎる。


 そもそもが、なぜ竜に喰われなかったのか! 悪運の強いグズが!!


 そんな思いを胸に苛立ちを募らせたリアムが、手元の資料をクシャクシャに握り潰した。


「おい、どの土地だ?」


「はっ! どうやら、魔の森周辺を取得したいようです」


「……なに?」


 魔の森周辺?


 痩せた土地で、特産もない場所だぞ?


 そもそもが、独立気質の周辺伯クズおやじが治める土地だったはずだ。


「交渉の席についたのか? あのクズおやじが?」


「はっ! どうやら、銀山の権利を対価に交渉を迫っているそうです」


「なんだと!? ラテスが銀山を手放すと言うのか!?」


 有り得ない。


 銀山は、ラテス陣営の中核だ。

 資金源を失えば、派閥が回らなくなる。


 人が去り、王座は遠退くぞ!?


 もしや、そんな事もわからないのか?


「確証はありませんが、相手が王族嫌いの周辺伯様であれば、有り得ない話ではないかと」


「……確かにな。あのクズおやじを相手にするなら、そのくらいの上乗せは必要か。もしや、メアリの捜索中に妨害でもされたか?」


「確証はありませんが、おそらくは」


 なるほどな。


 メアリを探し出せずに、周辺拍の横槍を喰らって、ラテスの方が交渉の席に着かされた訳か。


 儂の土地に兵を派遣するのは、王国の制度に反するのではありませんかな?


 とか何とか言われて、おめおめと帰って来たのだろう。


「ラテスが王都を出て、何日だ?」


「今日で5日。特殊な馬車を使用した痕跡もなく、魔の森での滞在は長くても1泊が限度です」


「たったの1泊で、広すぎる魔の森からメアリを見付けるのは不可能、そうだな?」


「はい。間違いないかと」


 決まりだな。


 ドラゴンの皮が送られて来たとは言え、メアリが今も生きているとは考え難い。


 光の神も、そう示してくださった。


 惚れた女のために銀山を売り、部下を死地に送り込む。


 やはりヤツは、救いようのない馬鹿だな。


「状況はわかった。ラテスは捨て置け。ヤツの陣営に向けていた者を引き上げ、周辺伯の監視に向かわせろ」


 土地と銀山の交渉は成立するだろう。


 クソ生意気なオヤジが銀山を手にすれば、ラテスよりも面倒な相手になる。 


「圧力をかけれる物があれば、些細なものでも余に報告をしろ。俺はこの件に関して、神の声を聞いてくる」


 そう言葉にして、リアムが席を立つ。


 予約も何もないが、王太子であれば教会も無碍むげにはしない。


 進み具合の悪かった仕事をチラリと流し見て、リアムがクルリと背を向ける。


ーーそんな時、


「リアム殿下、お客様がお見えです」


 落ち着きのあるひとりのメイドが、リアムの前で軽く頭をさげていた。


「客? 予定はなかったはずだが?」


「はい。ですが、どうしてもお会いになりたいと」


 会いたい?


 気軽に言ってくれるな。


 余を誰だと思っている。


「ふん! 事前連絡もなく、王太子である余に会いたいなどと、ふざけたーー」


「お見えになったのは、男爵令嬢のマリリン様でございます」


「あいわかった。後の予定はすべてキャンセルだ。風邪をひいたとでも言っておけ、そんなことよりも菓子と茶の準備だ。急げよ」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げたメイドが、軽く手を叩く。


 20人を越えるメイドたちが姿を見せて、見る見るうちに部屋の装いが整っていく。


 それにしても、実家に呼び出されていると聞いたが、会えるのは10日ぶりか?


 より正確に言うなら、9日と14時間ぶりだったか?


「少し聞くが、余の前髪は乱れていないか?」


「お美しい前髪でございます」


「そうか……。服は変ではないだろうか?」


「もちろんです。殿下の格好良さをさらに引き立ててます」


 ならば良いのだが、この落ち着かない気持ちはなんだ?


 光の天使であるマリリンは、この数日の間に、必ずやその魅力を増し、より天使の力を身に付けているに違いない。


 であれば、余も、もう少し本気を見せるべきに違いないな。


「準備が整いました。お通ししてもよろしいでしょうか?」


「……いや、肌が本気を出していない。マリリンには、少々待つように伝えてくれ。乳液と化粧水をここに!」


 そうして10分ほどが経過して、


「やほやほ、久しぶり」


 豪華なドアをくぐったひとりの少女が、楽しげに手を振っていた。

 

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