第33話 敬意と決意 3

「ここを削る……? ダメですね、先輩の良さが消えてしまう。だったらこっちか……? いや、リリ先輩は要だから……」


 書いては消して、書いては消して……。


 どこからとなく取り出した鉛筆を片手に、ロマーニが長考に入ってしまった。


 時折 漏れ聞こえる “先輩だから” “要だから” なんて声が、リリの不安を煽っていく。


 この子はいったい何を言っているのだろう。 

 そんな思いで、いっぱいだった。


「いや、だからね? 私の家はこのままでいいよ? むしろ大きすぎるくらいだから」


「ダメですよ。全然ダメです。リリ先輩の家は、最重要なんですから。世界最高峰! って感じにしないと!」


 いや、なんでだよ。


 ご主人様の自宅を差し置いて、メイドの家が最重要っておかしくない?


 おかしいよね!?


 この子、常識って文字、どこにおいてきたの!?


「メアリさんも、“リリの家に全ての力注いで欲しいのよ。私のなんて雨がしのげたら良いもの” って言ってましたし」


「メアリ様まで……」


 誰か! この人たちに、メイドと先輩の正しい意味を教えてあげて!!


 特にメアリ様!

 元凶はやっぱり、あの人だから!


「何かにつけて“賢者の実”をくれるし、メイドに優しすぎでしょ! ほんと、メアリ様ってば、メアリ様なんだから!!」


「あら、呼んだかしら?」


「んふ!?」


「はい、あーん」


 なんて声に続いて、口の中に甘味が溶けていく。


 聞き慣れた声と、優しい香り。


 振り向いた先に見えたのは、噂をしていた雇い主の姿。


「メアリ様!? いつの間に来てたんですか!? と言うか、いつもはお昼過ぎまで寝てますよね!?」


「ええ、でも今日は特別ね。双子王子の仕事をこの目で見たかったのよ」


 いつものように小さく微笑んだメアリが、切れ長の瞳を背後に向ける。


 サラリと流れる髪の向こうに目を向けると、何故かそこに、リリの身長を遙かに越える高い壁があった。


「……え?」


 ガラスか陶磁器のように見えるけど、たぶんどちらでもない。


 建築に詳しいわけじゃないが、少なくとも見たことのある物質じゃなかった。


 1歩、2歩と前に出て、その表面を撫でてみる。


 指先は摩擦すらも感じないうえに、自分の姿がぼんやりと写って見える。


「あっ、襟が曲がってる。いけない、いけない。こんなんじゃメイド失格……、じゃないですよ!! なんですか、これ!!!!」


 まだ造りかけみたいだけど、どうみても、リリの家を囲うように作られていた。


 勢いに任せて表面をペチペチ叩いてみたけど、巨大な岩を叩いているような感覚だった。


 そうしていつの間にか出来ていた壁を見上げていると、キレイな指先が肩に触れる。

 

「リリていの外壁を依頼したの。最終的には、お星様の形になる予定だから安心して良いわ」


「…………」


 髪をポンポンと撫でてくれているけど、意味が全くわからない。


 なぜ、星?


 というか、そもそも、外壁って何で!?


 今の会話のどこに、安心出来る要素があったの!???


「説明してくれますか?」


「なにのかしら?」


「増改築のです!」


 あら? 話してなかったかしら? 


 そういって、メアリが微笑んで見せる。


「リリの家って柵の丁度真ん中でしょ? どの方向から強敵が来ても、リリの家なら避難出来ると思うの。緊急時の避難場所に最適じゃないかしら?」


「あー、なるほど。そう言うことですか」


 メイドの家だから、じゃなくて、避難所としての増改築か。


「それなら納得です。ですけど、維持管理出来る大きさでお願いしますよ?」


 メイドですから、掃除は得意ですけど。


 なんて言葉にしながら、リリがホッと胸をなで下ろす。


(なるほど。先輩には内緒なんですね。確かにそっちの方が面白そう)


 図面に向かって呟いたロマーニの声も、リリの耳には届かなかった。


 改めて凹凸のない壁を見つめたリリが、ステキな壁ですね、なんて言葉と共に心からの笑みを浮かべて見せる。


 そんな彼女と肩を並べていたメアリが、ハッと視線をあげて手を叩いて見せた。


「そういえば、リリに相談があったのを忘れていたわ。聞いてくれるかしら?」


「…………お聞きします」

 

 今回で2回目だけど、メアリの相談なんて、悪い予感しかしない。


 それでも意を決して、リリが上着の裾を握りしめる。




「リリの弟くんを迎えに行こうと思っているのだけれど、どうかしら?」




「えっ……?」



 驚きに目を見開いたリリの前で、メアリが優しい微笑みを浮かべていた。

 

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