第32話 敬意と決意 2


「あのー、ロマーニ王子? 今のは?」


「すいません、みっともない所を。あれは兄さんなりの敬意です。リリ先輩の方が先に住んでいたのだから、敬意を払わなきゃ、って話になったんですよ」


 ボクにも兄さんにも敬語なんて要らないので、普段通りに話してください。


 そう言って、ロマーニ王子、改め、ロマーニが、ニコニコと笑っていた。


 たぶんだけど、同じ土地に住む上での歩み寄りなのだろう。


 ちょっとだけ戸惑ったけど、せっかく向こうから手を伸ばしてくれたのだから、拒否はあり得ないよね。


「うん、わかったよ。……って、言いたいんだけど、なぜ姉さんなの!? おかしくない!?」


 あのシラネなら、オバサンと言われた方がまだわかる。


 もし本当にオバサンなんて言ったら、頬をムニムニしてやるけどね!


 なんて思っていたら、ロマーニがいつの間にかニマニマしてた。


「ここだけの話なんですけどね。実は昨日、最上級の敬意示し方は、名称に姉さんって付けることだよ、って兄さんに教えたんですよ。そしたら、信じちゃって。まぁでも良いじゃないですか。よろしくお願いしますね、リリ先輩」


 唇の端がニヤリとつり上がっているところを見るに、絶対面白がっているよね、この王子様。


 しかも、自分は先輩呼びって……。


「あー……、うん、よろしくね」


 まぁ、でも、誰に対しても実害はないし、好きに呼んでくれたら良いさ。


 騙されてるシラネがちょっとだけ可哀想だけど……。


 そんな思いを胸に、ニヤリと笑うロマーニを流し見て、あははー、と乾いた笑いを浮かべて見せた。


 オホン、と1つ咳払いをしたリリが、ロマーニに向き直る。


「それで? ロマーニたちは何でこんな所に?」


「あっ、そういえば言ってなかったですね。まずはこちらを見て貰えますか?」


 ゴソゴソとポケットを探って、出てきたのは1枚の大きな紙。


 折り畳まれていた物を丁寧に広げていくロマーニの口元には、先程までとは違う、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。


「改造案を描いてみました。こんな感じでどうでしょう?」


 なんて言葉と共に見せられたのは、地上五階、地下二階のお城のような建物の設計図。


 パッと見ただけでは、部屋数すらわからない。


 恐らくだけど、王都にある貴族の屋敷より立派な造りだと思う。


 それにしても、


「改造って、なにの?」


 どこのお城?


 なんて思いを、無邪気な笑みを浮かべたロマーニが、ぶち壊してくれた。





「リリ先輩の家ですよ」





「へぇ、私のなんだ。こんなお城みたいな素敵な場所が私の……、……へ?」


 私の家?


 って、どういう事!?


「何が? え??」


「あれ? メアリさんに聞いてないんですか? 増改築の話し」


「初耳!! 増改築!? 私の家を!? なんで?? 意味わかんないけど!???」


「なんでって、リリ先輩がここの要だからですよ」


「かなめ?」


「要です。リリ先輩が、街の中心ですから」


 ……うん。余計に意味がわからない。


「ちなみにこっちが、メアリさんの家ですね」


 続いて出てきたのは、見るからに小さな紙切れ。


 リリの家予定と比べたら、紙の大きさからして十分の一くらいしかなくて。


 書かれているのは、お風呂とトイレ、クローゼット、それに部屋が1、2、3……。 


「3部屋!? 私の家が数え切れない豪邸なのに、メアリ様の家が3部屋!?」


「ちなみにここはメイド長の部屋なので、事実、リリ先輩の部屋ですね」


「うん、よし! 意味わかんない!!」


 メイドに与えられる家が5階建ての豪邸なのに、主人の家が小さな平屋レベルっておかしくない!?


 ちなみにボクたちの家はー、って見せてくれた図面は、まさかの1部屋だった。


「ボクたちは、兄弟2人きりで住みますからね。お風呂は温泉がありますし、このくらいが管理し易くて」


 なんて言ってるけど、この子、バカなの!?


「私も!! ねぇ、聞いて! 私も弟と2人だから!」


「でも、先輩は、先輩でしょ?」


 キョトンと首が倒れて、ロマーニが不思議そうに見上げてくる。


 私は先輩だから?

 先輩 = お城のような家 ってこと?


 わかった! コイツもあれか!


 メアリ様が口にするメイドと一緒で、先輩って言葉に大きな隔たりと思い込みがあるタイプか!!


 先輩に夢を見過ぎてる子か!!


「と・に・か・く! 私の家はメアリ様より小さくして! ううん! 私の家はこのままでいいから! ね! 先輩命令!」


 今の家ですら大きくてビックリしているのに、お城みたいな家なんて怖くて住めないに決まっている。


 ドワーフの王子様に向かって、命令! はさすがにやり過ぎかな、とビクビクしたけど、


「小さく、ですか。わかりました。もう少し考えてみます」


 ロマーニはいそいそと図面を折り畳んで微笑んでくれた。


 どうやら、このままでー、と言う意見は既読スルーらしい。


 誰かこの子に、先輩の正しい意味を教えてあけでくれない?

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