第14話 初めてのお友達


 お城がひとつ。


 お城がふたつ。


 お城がみっつ。


「ふふふー……、私、賢者の実を収穫してるー。一流の冒険者になれるかなー。ふふふー」


 爽やかな太陽の下に、乾いた笑いが溶け込んでいく。


 腕まくりをして畑にしゃがみ込んだリリが、虚ろな瞳で賢者の実をもいでいた。


 少しの傷も付けないように。


 しんちょうに、しんちょうに……。


「こっちは20個収穫したわ。リリはどうかしら?」


「あっ、はい。こっちもそのくらいです」


「そう、それは良かった」


 銀色の果実を手に持ったメアリが瞳に手をかざして、晴れ晴れとした空を仰ぎ見る。


 ん~~、と大きく伸びをしながら、清々しい笑みを浮かべていた。


「可愛いメイドと一緒に畑仕事が出来るなんて、すっごく幸せだわ」


「あははー」


 相変わらず不思議な感性だけど、他と比べれば些細な物だ。


 リリも真似をして見上げて見るが、たしかに悪くない。


 視界の端に、柵を増築するキノコがいたり、家を改築するキノコがいたり、


「「「キュ!!」」」


「キャン!」


 柵に取り付くドラゴンを倒すキノコもいたりするけど、そこに目を瞑れば、まぁ、悪くない。


「どう? ここには慣れたかしら?」


「はい、まぁ、おかげさまで」


 あははー……、という乾いた笑いが、魔の森に溶けていく。


 死の森とも呼ばれる場所に慣れるのもどうかと思うが、


 メイド仲間からの嫌がらせや、貴族の無茶苦茶な注文。

 貧乏で、ご飯も満足に食べれなかった日々。


 王都にいたあの頃に比べると、今の方が充実している気さえするのも確かだ。


「女将さんは優しいし、賢者の実もおいしかったし。……弟にも食べさせてあげたいかな」


 叶わぬ願いだとは知りつつも、リリの口からそんな声が漏れ出していた。


「だったら、連れて来たらいいじゃない」





「へ?」



 振り向いた先に見えたのは、ぷにぷにキノコに囲まれたメアリの姿。


「引越なら手伝うわよ?」


 爽やかな青空の下に、優しい微笑みが浮かんでいた。


「弟をここへ、連れてくる……?」


 考えもしなかった言葉に、リリの目が大きく開く。


「そうね。もしあなたが見届け人を辞めて、私のメイドになるのなら、家もあげるわよ? お給料は、今の2倍でどうかしら?」


 さして悩む素振りも見せずに、メアリの口からそんな言葉が飛び出していた。


 家はプレゼント。

 もちろん、家賃の支払いなんてないのだろう。


 それに、


「給料が、いまの2倍!? 月に銀20枚も!???」


 弟と2人なら、普通に3食 食べられる。


 もしかすると、ある程度の貯金も出来るかもしれない。


「弟に美味しいものを、いっばい……」


 不意に広がり始めた脳内の妄想に引かれて、リリの瞳に涙が浮かぶ。


 そんなリリの前では、メアリがなぜか驚いたような表情を浮かべていた。


「あら? それだけしかもらってなかったの?」


 やっぱり、その辺も手を打たなきゃダメね。


 そんな声が漏れ聞こえてくる。


「金貨1枚。今の10倍でどうかしら?」


「き、きん!?」


 目を見開くリリの前で、メアリが楽しげに微笑んで見せる。


 メアリ様は優しそうだし、お金があれば幸せになれるのだろう。



――でも、それはダメだと思う。



 メイドは主人を裏切らない。


 雇われてからずっと、優しくされた事なんてないけど、私はメイドだから。


「いぇ、せっかくのお話なのですが――」


 契約がありますので。


 そう続ける予定だったリリの唇を、メアリの細い指先が押し止めた。


 優しく微笑みながら目を閉じて、首を横に振って見せる。


「アナタの夢は何かしら? 立派なメイドになること? 弟さんを守ること?」


「…………」


 それは……。


「この実がなぜ、賢者の実、って呼ばれていて、優秀な賢者たちや、国の上層部が欲しがるか、知っているかしら?」


「え……?」


 なぜ……?

 美味しいから?


 そんなはずない。


「魔力をね。回復してくれるの」


「!! それって」


「えぇ、あなたの弟さんが最も必要とするものじゃないかしら?」


「っ……!?」


 どうして弟の事を知っているの!?


 なんて思いが浮かぶけど、相手は次のお后さまになる予定だったお方。


 調べようと思えば、すぐにも分かるのだろう。


 今はそんなことよりも、


「ユウのーー弟の病気に! 魔力欠乏症に――」


「えぇ、効果的な食べ物ね」


 顔を上げたリリが、ぷるぷると震える指先で、メイド服の端を握り締めていた。




 その日から、3日が経って。



「あら、いらっしゃい。あなたのお家が完成したわよ?」


「なんですか、これーーーー!!」


 魔の森に、はじめてのお友達が越してきた。

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