第15話 大聖堂の王子さま

「なに!? あの女が生きているだと!? 確かなのか!?」


「はっ! まずはこちらを」


 メアリが魔の森へと追放されてから、10日が経過したその日。


 王都にある大聖堂に、神官長の叫び声がこだましていた。


「……これは?」


「見届け人が書いた報告書です」


 なるほど、などと言葉を漏らしながら、神官長が小さな紙を流し見る。


 本来なら第1王子であるリアムに届けられる物だが、教会の権力で略奪されていた。


ーー罪人が育てた果実をいただきました。日を追うごとに、罪人の肌艶が良くなっている気が致します。


ーー罪人が狩ったリトルドラゴンの肉をいただきました。石の上で焼くバーベキュースタイルも美味ですが、さしみや、たたき、も至高の逸品だと学習致しました。


ーー罪人がお茶会を開いて下さいました。ここ数日はドラゴン襲撃の頻度も減り、落ち着いて甘味を味わえております。



「なんだ、これは……」


 そこに並ぶのは、最悪の処刑場とまで呼ばれた魔の森にあるまじき姿。


 初日を除外すると、グルメ日記のような文字が列んでいる。


「ありえん……。ありえんが、確かなのだな?」


「はい。こちらを」


「む?」


 次いで部下が持ち込んだのは、緑の皮や牙。


 その中には、黒い竜の皮も混じっている。


「リトルドラゴンに、黒竜か……。なるほど、確かに日記と一致するな」


「はい。第1王子も同じ考えらしく、神の啓示を求めておられます」


「そうか……」


 小さく息を吐き出して、神官長が現状を鑑みる。


 男爵令嬢に惚れた王太子は、すでに教会の操り人形だ。


 予測不能な言動は多々あるが、令嬢の首はこちらがおさえている。


 男爵家から令嬢に命令し、お願い、と言われば、どうとでもなる。


 目障りだった婚約者も、神の身元に送ることは叶っていないが、遠ざける事には成功した。


「わかった。すぐに何名かの司祭を派遣しよう。死の森に送った公爵令嬢の件は捨て置く」


 多少は長く生き延びているようだが、実家の権力から遠ざかった令嬢が出来ることなど、高が知れている。


 それよりも先に問題となるのは、次男や三男の動きだ。


「王子たちに動きは?」


「次男は相変わらずハーブ以外に興味を示さず。三男は、数日前に王都を離れたと連絡が入っております」


「なに?」


 王が姿を見せなくなり、誰もが次世代の争いに注目する中で、王都から離れただと?


 なんだ? 何が起こった?


「三男の目的は?」


「どうやら、魔の森に向かわれたようです。目的は、メアリ様でしょう」


「なんだと!?」


 王子自ら、魔の森に姫を助けに行ったとでも言うのか!?


 それが公爵令嬢のため?


 なるほど、血の半分は、バカな王太子と同じと言うわけか。


「まるで童話だな。王よりも作家の方が似合うのではないか?」


 くくく、と声を漏らして、神官長が部下の男に目を向ける。


 煌びやかなマントを翻して、神を模したとされる像を祈りと共に流し見た。


「三男の政治基盤に揺さぶりをかけろ。金を惜しむなよ。どれだけでも沸いてくる。好きに使え」


「かしこまりました。失礼いたします」


 深々と礼をして、部下が足早に去っていく。


 それにしても、


「あの広い森の中で、本当に出会えるとでも思っているのか?」


 神の使徒に食われるも良し。


 王位より姫を選んだバカと呼ばれるも良し。


「再開を果たした後に、2人で愛を誓い合い、古竜さまに食われて浄化されるがいい。童話に相応しい最後だな」


 くははは、などと声を漏らして、神官長も自室へと戻っていく。



 そうして誰もいなくなった大神殿に、


「メアリ姉さんが、死の森に追放されていただと!? どういう事だよ、オヤジ!」


 悔しそうな、誰かの声が溶け込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る