第13話 請求されませんように!
メアリの手元から空になったカップを下げて、代わりのカップに紅茶を注いでいく。
温度の管理も重要だけど、見せ方でも味が変わる。
『貫禄と可愛らしさを併せ持ちなさい』
そんな言葉と共に叩き込まれたいつもの動作を心掛けて、メアリの前へと差し出した。
「あら、素敵な色。マッシュたちも決して下手ではないのだけど、やっぱり本職は違うわね」
「おっ、おそれいります」
久し振りの、本当に久しぶりのメイドらしいお仕事。
本来であれば話すことなど許されない高貴な御方に誉められて、リリがホッと胸を撫で下ろす。
「あなたも一緒に飲みましょう。話し相手が欲しかったどころなのよ」
「えっと……。失礼します」
ほんの少しだけ悩んだけど、今の立場は罪人と見届け人。
断る理由なんてない。
どこからとなく運ばれてきた椅子に腰掛けて、リリは自分用に入れた紅茶に口を付けた。
「美味しい……」
「でしょ。王都でも中々手に入らない物なのだけど、店主が気さくな人でね。定期的に分けてくれるのよ」
だから、どうしてそんな物が、ここにあるんですか!!
なんて言葉も今更だった。
「これも食べるかしら?」
「はい、頂きます。……これは?」
首を傾げながら、差し出されたドライフルーツを小さく頬張る。
感じたのは、強い甘みと全身を通り抜ける爽やかな香り。
なんだろう。食べた事のない味。
「いっぱい採れたから、乾燥させたの。美味しいでしょ」
「はい! すっごく美味しいです。これって、何の果実なんですか?」
「賢者の実よ」
「へぇ、賢者の実ですか。賢者の実ってこんなあじ、がー…………」
けんじゃ、の、み?
賢者、の、実、って、あの賢者の実!?
「あわ、あわわ……」
不意にリリの手足が震え始め、瞳に涙を溜めながら、半分ほど食べたその実を両手でガッチリと支え持つ。
「そ、それって、王様でも食べれないって言う」
「えぇ、幻の果実みたい」
なんて事ないわよ? と言った様子で、皿に盛られた賢者の実をメアリがパクリと食べてしまう。
うん、美味しい。
そんな呑気な言葉が、リリの耳を通り抜けていった。
「それ1つでお城が建つヤツですよね!? お城が!! お城が!!!!」
控えめに言っても、リリの生涯賃金より遙かに高いに違いない。
目を閉じて、開いて、手元を見る。
閉じて開いて、見る。
幾度となく手元を見ても、果実が半分なくなっている事実は変わらなかった。
「お城を、半分、食べちゃ……」
ひぃぃ!! と、リリが表情を引きつらせる。
顔色は、青いを通り越して、土のよう。
「フレッシュな果実も美味しいわよ?」
あーん。
なんて言葉と共に、メリアが実を持ち上げて、リリの口の中へと放り込んだ。
「んーーーーーーー…………!!!!」
慌てて抗議しようにも、賢者の実が口の中で溶けていく。
喉の奥へと流れ落ちていく。
感じるのは、抗えない幸せな香り。
「………おいひい、です」
「でしょでしょ! リリはフレッシュ派だったのね!」
「あい」
請求されませんように!
代金を請求されませんように!!!!
両目から、ダー、と涙を流すリリの脳内は、そんな祈りに埋め尽くされていた。
無論、請求された所で払える余地などない。
「今度はジュースにでもしてみようかしら?」
なんて声まで聞こえるが、果たしてそれは、城何個分の価値なのだろう。
「今あるだけじゃ足りないわね。リリ、悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれないかしら?」
「はっ、はひ! よろこんで!!」
反射的にそう答えたリリが、サー、っと顔を青くした。
城と同じ価値を持つ果実の採取なんて、命がいくつあっても足りる気がしない。
そんなリリの姿を不思議そうに見詰めたメアリが、口元に手を当てて上品に笑ってみせる。
「難しいことはしないから大丈夫よ。畑にいっぱい成ってるから、収穫して来て欲しいの」
椅子がクルリと回って、メアリの体が後ろを向いた。
その先に見えるのは、銀色の果実を実らせた、畑の姿。
大きなジョウロを持ったキノコたちが、シュワー、と水やりをしていた。
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