第11話 メイドの役割 2

「いらっしゃい。どうだったかしら、地獄への一本道・・・・・・・は?」


「わぉ! 思ったよりも物騒な名前だった!」


 ふふふ、と微笑むメアリは3日前と同じように、優雅な紅茶タイムだ。


 だけど、変化がないのはメアリ自身だけで、周囲は大きく変わっている。


 決して小さくない、小さな違いと言えば、


 ここまで続く『地獄への一本道』の境目に立派なドアが出来ていたり、


 周囲の柵が3メートルを超えていたり、


 木陰にハンモックが揺れていたり、


 面積が5倍くらいに増えていたり……。


 簡単に言えば、リゾート地のプライベート空間のようになっていた。


「それは良い。全然良くないけど、良い。大丈夫、飲み込める。うん。大丈夫……、なんだけど」


 プルプルと肩を震わせたリリが、メアリの頭上をビシッと指し示す。


 普通の場所にはあるけど、魔の森には絶対にあってはならない物が、そこにあった。


「屋根! 屋根が出来ちゃってるから! もうちょっとで家だから!」


 壁こそないが、どうみても家だ。


 優雅な椅子に座るメアリを中心に、何本も柱が並び、木々を張り合わせて作った屋根が、降り注ぐ日差しを遮っている。


 リリが弟と2人で暮らす借家より明らかに大きいし、立派な造りだ。


 正直、ちょっとだけうらやましい。


 けど違う、そうじゃない。


「有り得ない! やばいですよ! 何で作っちゃったんですか!!!!」


 なんて焦りを募らせるリリの前で、メアリが不思議そうに首を傾げていた。


「雨って冷たいわよね? ここ数日は大丈夫だったけど、マッシュたちが“そろそろ危ない”って言うから作ったのよ」


「そうだったんですね。確かに、雨降ったら困りますもんね。屋根がないと濡れて冷たいですよね、じゃなくて!!!!」


「あら? 木の方だったかしら? 大丈夫よ。私の魔法で乾燥を早めたから」


「あ、うん。そっちも常識外です。何人分の魔力集めたら出来るんですか。でも、そうじゃないんです……」


 はぁ、と溜め息を付いたリリが、気を取り直して、指先を空へと向ける。


 晴れ晴れとした青空だ。


 遠くに飛ぶ翼竜の姿が、よく見える。


「竜の縄張りに屋根なんて作ったら、すぐに燃やされますよ! 今度こそ死にますよ!! 死にたいんですか!?」


 どう考えても自殺行為だ。


 竜が住まう土地に、下等生物である人間が巣を作れば、竜の怒りを買う。


 魔の森以前に、全人類の常識だろう。


「あら? 大丈夫よ?」


「何がですか!!」






「私の炎魔法をくらった古竜さんが、許可をくれたわ」





 古竜さんが、許可をくれたわ。




 炎魔法をくらった、古代の竜が。




 許可をくれたわ。





「あJDべMPJるべTろべ@」


 んひぃ! ふひぃ! などと、メイドにあるまじき音が漏れるけど、メアリは優雅に紅茶を飲むばかり。


 側にあったドライフルーツらしい物を頬張り、ふぅ、と溜め息を付いていた。


「屋根があると、感じる緑が減るのよね。もう少し考えないといけないわ」


 そう言葉にしながら、紅茶に口付ける。


 そんなメアリの姿を見詰めていると、自分の中に張り詰めていた何かが、ガクリと抜け出していった。


「頭が痛くなってきた。ごめんね、コウタ。お姉ちゃんは、もう、ダメかも……」


 目頭を揉みほぐして、小さく涙をこぼす。


 深呼吸を1回、2回。


 メイド服をパンパンと叩いて、姿勢を整える。


 それだけで、ほんの少しだけ落ち着けた。


 メイドの矜持を思い出して、無理矢理 落ち着かせる。


 常識が通じないメアリに視線を向ける。


「あの、ですね。メアリ様は、古竜と会ったんですか?」


「えぇ、会ったわ」


 不意に、メアリの目が、どこか遠い世界を見つめているように見えた。


 優雅な雰囲気の中に、陰りが見えて、彼女の横顔が普段よりも落ち着いて見える。


 その当時のことを思い出しているのだろうか?


 そんな思いと共に儚げなメアリを見つめて、リリがゴクリと喉を鳴らした。

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