第10話 メイドの役割

「お弁当よし、お裾分けよし、護身用のナイフ、よし」


「リリちゃん、魔除けは持ったのかい?」


「はわっ! えっと、えっと……、ふぅ、ありました!」


「あいよ。それじゃぁ、気を付けて行っておいで」


「はい!」


 バシバシと肩を叩く女将さんに見送られて、リリが魔の森へと入っていく。


 その足取りは軽やかで、重苦しさなどどこにもない。


「あの子もすごく元気になったじゃないかい。私も一度、ご挨拶に行こうかね」


 デップリとした腰に手を当てながら森を見詰めた女将が、そんな言葉を口にしていた。


 小さな村は、今日も平和である。




 メアリが魔の森に追放されて、今日で6日目。

 リリが様子を見に行くのも、これで2回目だ。


 彼女の仕事は、メアリの最後を書き記す事と、メイドの役割を全うする事。


『常に冷静であれ! メイドが驚いて良いのは、ご主人様にお尻を触られた時だけです。その場合は、急所を蹴りなさい』


 そう教えてくれたメイド長の教えを守る必要がある。


「この前みたいな失態はもう見せない! 絶対に!! 私はメイドなんだから!」


 メイド服を整えて、フンス、と気合いを入れたリリが、青々とした木々の隙間に足を踏み入れた。


 ここはまだ、魔の森に続くだけの、普通の森だ。


 疲れ始めた息を静かに整えて、リリはグッと背筋を伸ばす。


「今日は驚かない! 今日は絶対に驚かない! お姉ちゃん、頑張るからね!」


 胸をトントンと叩いて、王都に残してきた病弱な弟の姿を思い浮かべる。


 この仕事が終われば、お金がいっぱいもらえる。

 弟を救えるだけのお金が。


「大丈夫、私はプロのメイド! お給料に見合ったお仕事はするわ!」


 そう心に誓って、足を進める。




ーーそんな矢先、



「って、なによこれ!!」



 またしても不意に、視界が開けていた。


 ここはまだ、普通の森だ。


 3日前よりも確実に、メアリの領土が広がっている。


「早い! 早いの! 早すぎるの!! 不意打ちなんて卑怯じゃない!!」


 うぅー!! と地団駄を踏むも、目の前の状況は変わらない。


 突然開けた空間もさることながら、真っ先に目に付くのは、左端に立てられた 木の看板だろう。


 黒地に白文字で


『歓迎・リリ 様 御一行』


 と書かれた文字が、太陽の光を浴びて輝いている。


 その前では、プルプルとした大きなキノコたちが一列に並び、


 おいでやすー。


 とばかりに、頭を深々と下げていた。


「え? なに? 旅館なの!? 魔の森って、温泉旅館だったの!???」


 そんな叫び声がこだましていく。


 ここは王家が数百年にわたって使用してきた、由緒正しい処刑場である。


 だが今は、その面影などどこにもない。


 正面には歩きやすそうな道が広がり、両脇に整然と生える黒い大木が、そういう観光地にすら見えてくる。


 どうやらここは、魔の森の入口らしい。


 黒の渓谷。暗黒の大谷。黒曜こくようの細道。


 名前を付けるなら、そんな感じだろうか?


「きゅ?」


「あっ、うん。案内よろしくね」


「きゅきゅ!」


 楽しげに体を震わせた大きなキノコが、ぽてん、ぽてん、と先導してくれる。


 おそらくだが、メアリのいる場所まで案内してくれるのだろう。


「入口からこれなんて、先が思いやられる……。でも、大丈夫! お姉ちゃん、頑張るから! ……たぶん、……きっと」


 はぁー……、と大きくため息を付いたリリが、その背中を追いかけた。

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