戦争が終わった日   作・クラリオン

『一分隊より指揮所、一分隊より指揮所、目標地点に到達。対象は依然複数部隊にて門外に存在。いずれも制式装備にて武装。重擲弾筒を視認。指示を請う』


「指揮所より一分隊、現時点での交戦は許可できない、現場にて待機。異常事態発生の場合のみ通報の後陽動戦闘を許可」


『了解』




 ここで内戦を始めるわけにはいかなかった。ようやくここまでこぎつけたというのに、よりにもよってまた彼ら自身の手で戦争を再開するわけにはいかなかった。彼らがやるべき事はむしろ、その逆、つまり戦を止める為に最大限の努力をすることだった。


 


「先手として四分隊を出しますか?」


「無用な刺激は避けたい。東部軍管区に出した二分隊はなんと?」


「特医の連中が居る為下手には動けないと」


「面倒な。とっとと諦めれば良いものを……」


「佐世保の派遣隊から、<笠置>の制圧を完了したとの連絡がありました!」


「<鞍馬>と<生駒>はどうなった」


「派遣隊からの連絡はまだです。既に制圧は開始しているはずですが」




 一九四五年八月十五日、正午。ラジオを通じ全国に放送された玉音放送により、日本側のポツダム宣言受諾が発表された。これにより一部例外はあれど、ほとんどの部隊が自衛以外の戦闘を停止、ここに太平洋戦争は日本側の敗戦という形で実質的に終了した。


 しかし、実質的に戦争が終了したから、と言ってその時点で全ての動きが完全に止まるわけではない。直接的な戦闘には関わらない部署であればむしろ今の方が忙しい。そして海軍省外局の一組織である艦政本部対超常課も普段より慌ただしい様子を見せていた。












 敗戦と連合軍の進駐が確定した以上、その陰に隠れて連合国側の超常機関、特に財団と通称される組織が進出してくる事は明らかだった。これまでは国内最大の公的超常機関、帝国異常事例調査局がほぼ確実に国内を抑えていた為に、大きな動きをすることはなかったが、今後は異常事例調査局もあまり動けなくなる可能性が高かった。


 そうなると連合軍が進駐するのに先んじて、財団が調査の手を伸ばしてくる可能性が否定できない。既に物的証拠——空母<黄泉海神>をも押さえている以上、海軍所属の超常組織の存在は把握しているはずなのだから。


 その調査の手が伸びる前に、少なくとも軍機等級の情報は全て処理しなくてはならなかった。特に判官会から取引の一環として回収した特別医療部隊の資料はその機密等級もさることながら内容が人体実験に関するものであるだけに、国としての罪を問われないようにする為にも完全に破棄する必要があった。他にも技術情報は実艦含めて全てが軍機等級である以上、破棄の対象となっている。


 既に飛龍型の準同型にあたる雲龍型・改雲龍型のうち、健在かつ停泊中の三隻中、一隻は押さえ、残りの二隻にも担当者を派遣済み。工廠では<畝傍><秋津>に搭載している現実歪曲兵装に用いた技術資料群の処分も始まっている。


一方で残しておくべき情報も存在した。代表的なものとしては<大秋津洲>の単純記録情報群がそうだ。<大秋津洲>は未だ祖国の状況を知らずに、片道の旅路を進み続けている。彼らの作戦行動は、帝国のみならず、地球そのものの為にある。自衛以外の戦闘を行わないであろう<大秋津洲>を、少なくとも財団は悪いようにはしないだろう。


 海軍唯一の超常組織である対超常課には、海軍全体の超常関連の情報や報告が入ってくる。その量は膨大なものであるが超常課の人員は限られており、分別を行うだけでも仕事量は莫大なものとなる。


そして、ただでさえ忙しいその状況に拍車をかけたのは、とある反乱の報せであった。












 現在進行中の反乱。それは昨日行われたようにただの兵士達によって起こされた生易しい決起ではない。参加しているのは異常事例調査局と陸軍特別医療部隊の本土駐留部隊。つまり、よりにもよって帝国にある公的超常組織五つのうち、最も戦力の揃っている二つが手を組んだ反乱だ。


 残る公的超常組織は三つ——三千機関、艦政本部対超常課、晴明院だが、晴明院は皇室の直属であるため、現状でも宮城の警護に当たっていると推測は出来る。ただ、打って出てはいない事から、戦力的には当てにできない事は想像に難くない。そして三千機関には現状において何の動きも見られない事は把握されている。


 艦政本部対超常課とて、海軍組織であり、陸上戦力などそう多くは保有しているわけでもなかった。しかし米内光政海軍大臣は終戦派で、御聖断はそれを支持するもの。であるならば動かないわけにもいかず、動員可能な戦力を即時に動かした。


現在対超常課が対陸上戦力として動かせるのは歩兵分隊二つ、戦車分隊一つ、航空隊一つ。


 そのうち歩兵分隊二つは現状を把握した時点でそれぞれ宮城付近と東部軍管区司令部付近に送り出していた。彼らの役割は偵察要員であった。特に宮城側に派遣された第一分隊は万一の護衛や時間稼ぎ要員も兼ねる。尤も宮城側にある反乱軍を見るに、気休めになるかどうかさえ怪しいが。


 ともあれ東部軍管区司令部においても特別医療部隊が確認された以上、二分隊を退かせるわけにもいかなくなった。あそこは帝都を含めた関東全域の部隊の頭である。落とされでもしたらそれこそ宮城は詰む。


 当然ながら宮城に張り付いて偵察を続けている一分隊を引かせるわけにもいかない。したがって次に出された指令は現状においては最適解と言えた。




「……四分隊を宮城付近に再展開。あと厚木に当直組を空中待機させるよう伝えろ」




 戦車と航空機の音はあまりにも特徴的過ぎる。視覚的には誤魔化しが効くが消音の術は対超常課には無かった。近づけ過ぎると音で存在を察知されるだろう。それは今自分達同様神経を張り詰めさせているであろう反乱軍に対して刺激を与えかねない。故に戦車隊はギリギリまで近づき、航空機は全ての準備を整えた状態で上空待機。いざ事が起こっても、航空隊か戦車隊のどちらかは間に合う算段だ。


 背中に汗が滲む。彼が判断をしくじれば、戦争、それも内戦への引き金を引くのは対超常課になる可能性もある。それだけは避けなければならなかった。彼らにはこの国を生き残らせ続ける義務がある。そのために掴んだか細い糸を自ら切り離すような真似をしでかす訳にはいかない。




『二分隊より指揮所、二分隊より指揮所、緊急通報。辰を当方にて確認、繰り返す、辰を当方にて確認』


「指揮所より二分隊、別命あるまで待機」


『了解』




 先にしびれを切らしたのは向こう側だった。一向に動かない東部軍管区司令部に業を煮やしたか、特医の代表が現れたという通報が入った。




「やはり生きていましたか」


「どいつもこいつも往生際が悪い。そんなに死にたければ自分一人で死ねばいいものを。厚木に緊急通報。流星を二機上空待機させろと伝えろ」




 東部軍管区司令部が、相手に同調する可能性は低い。現状米国相手に勝ち筋は無く、陛下の御聖断が下った以上、忠実な軍人である彼らがそれに反抗する事は無い。が、相手は蒐集院出身にして特医の前身から頂点にある者。未だ対超常課が掴んでいない手札を持っている可能性は大いにある。もしそれで、東部軍管区が継戦派に寝返ったならば、その時は先手を打って叩く必要がある。幸いにして相手は地上の制止目標。降爆の標的としては最も易しい部類だ。




「頼むから乗ってくれるんじゃないぞ……」




 二か月前の取引の結果、判官会を経由する事で得た伝手を用いる事で、海軍については多くの基地航空隊への根回しに成功していた。しかし陸軍には一切伝手が無く、ただ東部軍管区司令部が特医の代表、葦船龍臣の誘いに乗らない事を祈る事しかできない。




『——四分隊より指揮所。緊急通報』




 何もかもがひっくり返ったのは、課長が祈りを零したその直後の事だった。












 それは、例えるならばパレードだった。列を為すのは数多の人影。軍人もいれば民間人もいる。一目では分かり難いが、日本人もいればそうではない人間もいる。軍人とて海軍、陸軍、礼装を纏った将官もいれば飛行帽とゴーグルを付けた航空機搭乗員もいる。


 官民入り混じった群衆が、口々に軍歌を、行進曲を、愛唱歌を口ずさみながら歩み続ける。その向かう先にあるのは、宮城。




『に、二号車より一号車……』


「一号車より全車へ、落ち着け、手出しをするな。繰り返す、あれは見逃せ。こちらに来たら我々も『呑まれる』ぞ」




 戦車の車上にある男――四分隊隊長は、無線から響いた若干震える声を一喝した。足元に目をやると、耳に何重もの覆いを付けた者が男を見上げ首を横に振った。つまり彼にも見えている以上、歌を引き金とする幻覚や幻術ではないと断定できる。その隣の男も黙って首を横に振ったことから、視覚情報を引き金とする幻術でもない。つまり目前の光景は現実だ。ならば手を出すのは得策ではない、と男は経験から知っていた。


 男の耳に、慣れた歌が、海軍の軍歌が聞こえる。『軍艦』が聴こえる。『ラバウル海軍航空隊』が聞こえる。『轟沈』が聞こえる。『太平洋行進曲』が聞こえる。『若鷲の歌』が聞こえる。


それ以外の歌も聞こえる。『抜刀隊』、『雪の進軍』、『歩兵の本領』、『敵は幾万』、『輜重兵の歌』、『嗚呼神風特別攻撃隊』、『婦人従軍歌』、『飛行第六十四戦隊歌』、『同期の桜』、『海行かば』、『出征兵士を送る歌』、『軍国子守唄』。歌詞も調子も入り混じり、誰が歌っているかもわからない。それでも列を成す誰かが歌う歌の全てが、明確に聞こえていた。


それを歌い歩む者達を、男は恐ろしく歪んだ表情で睨みつけていた。




「……畜生が」




 それが決して、一般的なパレードではない事を示すのは、列を成す者達の見た目だ。


腕が無い者が居る。足が無い者が居る。頭が無い者が居る。全身が焼け爛れた者が居る。いたるところから血を流し続ける者が居る。まるで骨と皮だけのように見えるほど痩せこけた者が居る。目に映る誰もがその身体に致命の傷を刻んでいる。戦禍の証を刻んでいる。パレードのように列を成し歌い歩むのは、その全てが明らかに死者であった。




「――あんなもんを撃てるか」




 この国において戦争による死者はどこへ行くか、など子供でも知っている。彼らはそこから来た、死を身体に刻んだモノ。すなわち、彼らは、少なくともその見かけ上は、靖国に奉じられた英霊、軍神である。


 それが本物であるかどうかは分からない。それでも彼らを撃つのは気が引けた。しかしながらもし彼らが宮城に攻め込む敵であるならば、撃たなくてはならない。


 そう思い至ったが故に、男はその苛立ちを、苦虫を嚙み潰したような表情で吐き捨てた。




「……どこの連中だ、この期に及んでわざわざ英霊を引っ張り出したのは」


「九十九機関、じゃあなさそうですね。蒐集院か五行結社、大穴で三千機関でしょうか」


「まあ、おおよそ予想は付くか。アレが蒐集院だと少しばかり面倒だが」


『……三号車より一号車。意見具申を』


「一号車より三号車。許可する。どうした」


『相手は五行です』


「なぜわかる?」


『……実家から情報が下りていました。元の出所は聞かない方が良いです。一つだけ言える事があります。あれは本物です』


「……ああ、そうか。お前のところはそうだったな。繋がりはまだあったのか」


『うちは言うなれば分家でしたから』


「そうか。交戦は?」


『非推奨です。あれは本体を潰さない限りどうにもなりませんし、陸戦隊だけじゃ太刀打ちできません』


「——四分隊より指揮所。二次報告。目標は五行結社。恐らく英霊を式として使役している可能性が高い。脅威度は特の甲、交戦は非推奨」


『指揮所より四分隊、了解。一分隊と合同後別命あるまで待機』


「四分隊より指揮所、了解。一号車より全車、これより一分隊と合同する為宮城へ向かう」




 空冷エンジンが唸り、四両の戦車が動き始めた。行列が消えた先、宮城へ。












 一分隊の連絡では、亡者の行列は宮城を囲んでいた反乱軍を呑み込みながら宮城へ吸い込まれるように入っていったという。




「……こちら側に、付いた?」


「結果的にはな。どちらかと言えば邪魔だったから薙ぎ払った、と考える方が適切だろう。五行結社は異常物品の破壊抹消を目的とした組織だ。特医や調査局、むろん我々もだが、超常技術を兵器に転用する連中は漏れなく敵だろう。あるいは死にたがり連中の望みをかなえてやったと言えるかもしれん。少なくとも味方とは言い難いな」


「しかしなぜ今?」


「さて。考えられるのは戦争が終わったから、辺りだろう。これを機に何か、大きな事をしでかす可能性は十分に考えられる。あそこまで盛大に振舞うのは珍しい」




 五行結社。かつて存在した陰陽寮の流れを汲んだ陰陽師の集団。歴史は長いが、蒐集院でさえ実態を未だに掴めていない、謎の多い組織だ。対超常課傘下の東弊組が一度協力を要請したという資料が残されているほか、対超常課所属人員の中には、元五行結社構成家の出の人間もおり、過去の動きや能力などについては把握できているとはいえ、維新後の現状のほとんどが未知数のままの組織。


 それが唐突に自らの存在を誇示するかのような行動をとった、という状況は警戒するには十分過ぎる。ただ、天皇陛下に危害を加えないであろう事は一種信頼していた。それは五行の構成員に残されているかもしれない忠誠心に対する信頼ではない。危害を加えた場合確実に始まる大規模超常戦における敗北を想定できるだろう彼らの能力への信頼だった。




『二分隊より指揮所、辰及び目標の完全撤退を確認、東部軍管区に異常な動きは見られず』


「指揮所了解。速やかに一、四分隊と合同後、別命あるまで宮城の監視を行え」


『二分隊了解』


「——反乱については決着がついたと見て良いか」




 宮城側の叛徒の全滅が伝わった事で東部軍側が突っぱねたか、特医側が当初の目的である玉音の撤回と戦争の継続が不可能だと判断したか。いずれにせよ司令部を爆撃する必要は無くなった。


 あとは陛下と五行結社の邂逅がどう転ぶか、だろう。もうこの件に関して対超常課が関わる事は恐らく無い。とりあえずは面倒事が全部根こそぎ薙ぎ払われた事を喜ぶべきだ、と課長は自らの思考を切り替えた。




「長崎の派遣隊に連絡を取れ。既に制圧済の<笠置>については作業を開始していいと伝えろ。全艦の制圧及び作業が完了次第、蒐集院に連絡を取る」




陸軍側の決起が失敗し、海軍側はおおよそ抑えてある。そして今、特別医療部隊と異常事例調査局の反乱も終息した。となれば国内の超常組織も最早国の決定を覆す行動を起こせるだけの力は持たないだろう。




 玉音から一時間。確かにこの日、戦争は終結した。












〈クレジット及びライセンス表記〉




この作品は以下に示した作品に基づく二次創作であり、各作品に対して独自の解釈がされています。




「パレード——五行推参」by “hey_kounoike” : http://scp-jp.wikidot.com/parade


「扶桑紀」by “hey_kounoike” : http://scp-jp.wikidot.com/fusouki


「禦舍利の提言 第〇〇〇八番」by “Mishary” : http://scp-jp.wikidot.com/mishary-s-proposal


「SCP-1911-JP - 東弊戦艦大秋津洲」by “hey_kounoike”: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1911-jp


「SCP-1942-JP - 龍は死なず」by ”RainyRaven”: http://scp-jp.wikidot.com/scp-1942-jp




このコンテンツはクリエイティブコモンズ 表示-継承 3.0 (CC BY-SA 3.0)ライセンスの下に提供されています。


CC BY-SA 3.0ライセンスについて: http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/

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