第23話 兄弟子

「クラウス殿!」


 クラウスは、雷切を一度払うことで血飛沫を拭った。刃に残ったものは、雷切が纏った雷が蒸発させた。周囲には鉄臭が立ち込めていた。

 ゆっくりと、雷切を鞘に納めながら、クラウスは声がした方へ視線を向けた。崩れた天井から射し込む陽光だけが光源の部屋の中にあっても、相手の姿は


「クラウス殿……その眼は……」

「雷切の力の一端のようです。……漸くその方の顔を拝めましたな、ブンゴ殿」


 クラウスは微笑み、雷切を鞘に納めた。ちん、と小さな鍔鳴りの音が石造りの広い部屋に余韻を残した。

 クラウスは改めて、面と向かって話すことのできた兄弟子の姿を目に焼き付ける。丸顔の、優しい容姿の青年だった。体格はいいが、決して太っているわけではない。寧ろ、戦いに身を置くものとしては、羨ましいほど完成された巨漢だった。髪は短く剃り上げている。もしかしたら、このドージョーのほとんどがこのような頭をしているのかもしれない。


「青い、瞳、か」

「雷切の魔力でしょう。わたしの瞳は、本来は青くないので」


 答えながら、同時にクラウスは、なるほど、と納得した。トロワと戦いながら、次第に見え始めた目。どうやら雷切の魔力がクラウスに在りし日の視力を取り戻させるらしい。それ故に、瞳も雷切の魔力を象徴した色に変わっているのだろう。


「とにかく、大事ないか」

「ええ、どうにか」


 ブンゴがクラウスと自分との間に視線を落とした。そこにはイアイによって倒れたトロワがいる。ブンゴが息を飲む気配が伝わる。


「これが、魔剣か」

「ブンゴ殿」


 クラウスは、以前の自分を思い出した。


「止めておいた方がいい。触れた瞬間、その魔力に呑まれることもある」

「あ、ああ。止めておこう。これはお主に任せて構わぬか」


 クラウスは頷く。ブンゴは、あの日の自分よりも冷静であり、用心深かった。いや、、と言うべきか。


「……では、とにもかくにも、まずはオヤカタ様にご報告だ。戻ろう」

「……マキ殿は」

「迎えに来たモンテイに任せた。我々も……」

「ブンゴ殿」


 背を向け、先を急ぐブンゴを、クラウスは呼び止めた。ブンゴは足を止めたが、振り返らない。


「わたしに、用事があって戻ってきたのではありませんか、ブンゴ殿」

「そうだ。そなたの身を案じて……」

「マキ殿の父親がドージョーに来たとき」


 クラウスは、やや語気を強めた。気にかかっていたことを、口にする。これをいま、自分とブンゴ、二人しかいないこの場で、はっきりさせておかなければ、自分にも、ブンゴにも、いい結果を残さない。そう思った。


「ブンゴ殿は、父親殿にこう訊いた。『マキは、誰かに』と。わたしも何かしら、異常があったのだろう、とは分かりました。ですから、マキ殿は、如何したか、と問おうと思いました」


 それは、些細な言葉の綾なのかもしれなかった。だが、クラウスには、その言葉がどうしても気にかかった。

 それは、その後のブンゴの言葉にも関わるからである。


「ブンゴ殿は、知っていたのではありませんか。マキ殿が何かされた後だと言うことを」

「クラウス殿、それは、言葉の……」

「それに」


 クラウスは息を吸う。ブンゴの気配が揺らいでいることは、わかっていた。おそらく、ブンゴ自身はそれに気づいていない。並みの剣士を前にしていれば、確かに隠し通すこともできたかも知れない。だが、クラウスは並みの剣士ではなかった。そして、『心眼』の体得者であった。


「不思議だったのは、あの手紙の内容です。『旧物見砦まで、わたしとクラウス殿に魔剣を持ってこさせろ、と書いてある』とブンゴ殿は言われた。魔剣とマキ殿を取引することまではわかる。だが、魔剣を持っていく人間は、わたしとブンゴ殿でなくてもよかったはずです。寧ろ、魔剣をオヤカタ様しか使えない、と思っていた節のあるこの者たちであれば、オヤカタ様に持ってこさせろ、と書いたはずです」


 ブンゴが頭上を仰いだ。


「わたしは目が見えない。だからあの場ではわからなかった。しかし、ブンゴ殿。あの手紙には、


 ため息を吐いたブンゴが振り向く。その右手は、腰に佩いた刀の柄に置かれていた。

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