第24話 よく似た感情
振り向いたブンゴが、腰を落とした。右足を踏み出し、大きく息を吐く。
来る。
見覚えのあるその構えに、クラウスはまったく同じ構えを取って応じた。
言葉はなかった。瞬く間に、ブンゴが踏み込み、二人の間にあった距離を無に変えた。間近……イアイの間合いまで踏み込んだブンゴの姿が、ゆっくりと闇に消える。
ブンゴがイアイで放った刃を、クラウスは見ることができなかった。ただ二歩だけ、僅かに身を引き、更に腰を深く落とした。そして、踏み込むのではなく、退く形で体重を乗せた左足で石床を蹴りつけると、クラウスは鞘に納めた
雷切に、確かな感触が返る。ブンゴの握っていた刀を真下から斬り上げた感触。金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響き、ブンゴの刀が宙を舞った。
その感触を確かにした上で、クラウスは手を止めなかった。斬り上げた雷切を、返し刃で真下に落とした。そこには、踏み込んで刀を払われ、避けようもないブンゴがいた。
「……なぜ、止められた」
斬り上げた勢いそのままに、引く力と、ものが落ちる力を合わせて加速した雷切の刃は、ブンゴの首もとで止まっていた。クラウスの両腕が、急制動を掛けたからだ。
「……これが、ブンゴ殿の望まれたことだと思ったからです」
クラウスの視界は、いまはまったくの闇に閉ざされていた。雷切から流れ込む魔力は感じていたが、ブンゴのイアイを受ける直前から、その力を拒絶していた。それ故に、再び視力が失われたのだ。ブンゴの表情はわからず、ただ、その気配だけを読み取る、普段のクラウスに戻っていた。
雷切の刃の先に感じるブンゴの気配は殺気立ち、おそらく本当にクラウスを斬るつもりでいたのであろうことがわかる。それがふいに弛み、その場に尻餅をつくように座り込んだブンゴは、笑い声を上げた。ずいぶんと盛大な、晴れ晴れとした笑い声だった。
「いやいや、参った。まったく、参った、参った。雷切の力を使わず、わたしにイアイを先に抜かせた上で、それを上回る速さの剣撃。わたしでは足元にも及ばぬ世界だったな、クラウス殿」
「……やはり、ブンゴ殿は、先の刺客たちの仲間ではなかったのですね」
クラウスには、わかっていた。ブンゴがトロワたち雷切を狙った刺客の仲間ではないことを。その上で、自分と斬り結ばなければ納得して先に進めない想いを抱いていることを。
「わたしも、オヤカタ様から雷切の修行を受けたことがあるのだよ。モンテイの中では随一の腕としてな。だが、雷切を握ることは叶わなかった。キョウスケが持って逃げた
座り込み、項垂れた姿勢を取ったのか、ブンゴの声が少し籠って聞こえるようになった。
「キョウスケが現れ、瞬く間にドージョー随一の腕前になり、そしてあんなことが起こり……今度は、クラウス殿が現れた。そして、あっさりと、わたしを越えて行った。わたしは知りたかったのだ。わたしの力を。わたしが存在する意味を」
「……真剣で手合わせする機会を求めていた。だから、マキ殿が狙われていることに気付きながら、放置した。そうですね?」
嫉妬心、というべきなのだろう。それは、クラウスにはよく理解できる感情だった。
先に魔剣に人格を奪われたとき、クラウスもまた、同じことを考えた。自分の力とは。自分の存在する意味とは。シホを守ると、それが自分の存在理由だと規定して生きてきた。そんな自分を、一足飛びで追い抜かし、シホの支えになった黒い影。長く、艶のある髪を靡かせて、紅い剣を振るう死神。そんな存在を、肯定することはできなかった。
「偉そうなことを言えば、剣士として、どうしても知りたくなった。わたしとクラウス殿で、何が違ったのか」
「……何も違いませんよ、ブンゴ殿。何も。いや……」
クラウスは雷切をブンゴから離した。鞘に刃をかけ、ゆっくりと納める。
「寧ろ、あなたはわたしより冷静だった。目の前にある魔剣を、手に取らなかったのだから」
「……わたしを、許すのか、クラウス殿」
ちん、という鍔なりが尾を引き、部屋に広がった。
「わたしに罪を裁け、と仰るなら、マキ殿のことは、許されてはいけないのかも知れません。だから、あなたには生きてこの先も、オヤカタ様の力になっていただきたい。それが……」
クラウスは足元に意識を集中する。すると床の上に落ちたトロワの魔剣の気配を感じた。歩みより、拾い上げる。魔力は感じなかった。
「あなたと同じ人間であるわたしにできる、唯一の断罪です」
自分とよく似た気配が居住まいを正し、額を床に付けるほど深く、頭を下げる気配を、クラウスは感じた。
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