第19話 九人目の刺客
「……うるせえうるせえ。べらべらがたがた、うるせえんだよ、雑魚が」
壁の中から現れた九人目の気配がそう言った。クラウスはその声に意識を集中する。
「こ、この人、なんなの、壁に……」
マキが震える声で言う。やはりか、とクラウスは自身の感覚が正確であることを、マキの言葉から察する。九人目の気配は、下半身がいまも壁の中にある。
斬られた男たちはまだ息があるようで、助けを求めるように床を這い進んでいる。九人目の気配が壁から抜け出し、そのうちのひとりの上に飛び乗った。まるで体重がないかのような身軽さだったが、乗られた男が上げた悲鳴と、胸の骨が砕ける音から、歴とした重さを持った人間であることは理解できた。
「皆殺しだって言っただろうが。魔剣を持って来させたら、皆殺しなんだよ。なにがたがたしゃべってんだよ。めんどくせえ……」
男の右手が動いた。その先には細身の刃が握られているようで、右手の動きに連動して、刃が空気を切る鋭い音がした。ほぼ同時に、肉を裂く音と再び血が飛沫を上げる音が続く。
「そ、そんな、話が違う!」
叫んだのは刺客のひとりだ。抱いていた怯えは、さらに強く、彼らの気配の全てになった。怯えの原因は、おそらくこの『九人目』だ。
「違くねえ」
『九人目』が言ったのと同時に振るった右手の先で、叫びを上げた刺客から血が吹き出す音が発した。何だ、とクラウスは訝る。『九人目』の手に刃物があることは間違いない。だが、剣の間合いではない。それより遥かに広く、刃はしなるように空気を切る。そんな武器を、クラウスは思い付かなかった。
「皆殺しなんだよ。言っただろ。皆殺しってのは、全員、殺すんだよ。魔剣持って来たやつも、持って来させたやつも、この場にいる全員を、殺すんだ。だから皆殺しって言うんだろ。それくらい分かれよ、めんどくせえ……」
「オマキ!」
『九人目』の不機嫌極まりない言葉の途中で、マキが意識を失った様子だった。ブンゴが大柄な身を素早く動かして、倒れかけたマキを受け止める。そのマキのすぐそばにいた最後のひとりの刺客は、意識こそあったが、既にその場に尻餅をついて座り込んでいた。
「あ、た、助けて、助けてくれ」
「無理に決まってんだろ。めんどくせえ。死ね」
『九人目』の右手が動く。刃が最後のひとりの刺客の身体を引き裂く。
「あ? なんだ、てめえは」
その前に、クラウスは動いていた。最後の刺客と『九人目』の間に割って入り、得体の知れない刃を、雷切を包む鉄製の鞘で弾いた。やはり剣にしては間合いが長すぎる。だが、槍にしては軌道がしなやかだ。目が見えないことを、クラウスは珍しく疎ましく思う。
「それはおれの台詞だ。貴様は、何者だ」
「何者だ、と言われて、答えるわけねえだろ、めんどくせえ……」
「では、魔剣の使い手である貴様は『
クラウスが指摘すると、『九人目』の気配が変わった。不機嫌そのものの気配が、途端に陽気な色を見せる。
「へえ? 少しは面白そうなやつが混ざってるじゃんか。面白そうだからイツキ人を脅して使ってみたけど、全然気合いが足りねえから、厭きてたところだったんだよ。あんたはイツキ人じゃねえな? 少しは楽しませてくれるか?」
「……アザミ・キョウスケの手のものか?」
クラウスの言葉に、『九人目』の気配がまた変わる。元の不機嫌を吹き出した『九人目』が、右手を足元に向かって振り下ろす。剣にしては長過ぎる刃が、床の石畳を割った。
「ああー、減点だわ。せっかく面白そうなのに、それは減点。おれに一番言ったらいけない名前だ」
男の右手が動く。クラウスは自分の背後に座り込んだ刺客の生き残りを、蹴り飛ばしてその刃を避けさせ、自身はその反動を利用して逆方向に跳躍した。
「ブンゴ殿、マキ殿を!」
「蛇腹剣だ、クラウス殿!」
クラウスは思わずブンゴの方に顔を向けた。それで視力として何かが読み取れるわけではなく、あくまでもそれは反射的な動きだった。
「蛇腹剣?」
「刃の中心に連結する機構を持つ、剣としても使え、鞭のような間合いも持つ奇剣の一種」
なるほど、間合いの違和感はそれが原因か。クラウスは納得する。そして……
「それが、百魔剣、ということだな」
不機嫌な『九人目』の姿が、今度は石床に沈み込んでいく。
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