第18話 取引。そして、血風
物見砦は、籠城戦等を想定してはいない。それ故、複雑な作りはしていなかった。半地下になっているのか、それとも地盤が沈下したのか。真っ直ぐ、緩やかに下った先に歩哨がひとり。その奥に三人の気配が蟠る広間がある。
「魔剣を持ってきた。女子を返してもらおう」
ブンゴが歩哨に話し掛ける。歩哨はひどく驚いて、広間に入って行く。ブンゴがそれに続き、クラウスはブンゴの背に続いた。
「も、持って来たか!」
「ふむ。オヤカタ様はオマキの命以上価値のあるものなどない、とお考えだ。持っていけ。その代わり、オマキは返してもらおう」
元々がどんな使われ方をしていたのか。推察することも叶わないほど、かつての痕跡のない広間は、ただただ広く、石床と石壁、石の天井に囲まれた空間だった。ただ、どうやら一部、森の巨木に浸食されて崩れているらしく、そこから空気が流れ込んでいる。クラウスにはわからないが、おそらくそこから日の光が差しているので、暗くはないはずだ。
持ち込んだのか、それとも元々あったのか。広間の中心には大きな長机と思われる物体がひとつ。そこに向かって三人が腰掛けいた気配から、クラウスはそれがあることを察する。マキの気配はさらに奥の部屋にあり、そこには二人の刺客の気配もある。
「おい、女を連れてこい」
主犯格らしい男が声をかけ、もうひとりが動いた。マキを連れて来る。同時にマキを見張っていた二人の刺客も広間に入り、場は二対五になる。しかし、クラウスはどうにも解せない。
「オマキ!」
「ブンゴさん、それにクラウスさんも!」
「さあ、
主犯格の男が怒鳴る。声の高さ、太さ、強弱で、おおよそその人物の体格は把握できる。主犯格の男は、クラウスやブンゴほどの体格はない。ただ、どうやら背だけは高いようだ。ひょろりとした、頼りない姿が像を結ぶ。声で凄んでいるが、どうにも迫力に欠く。
「マキ殿が先だ。こちらに歩かせろ」
ブンゴの肩越しに、クラウスは極力声を抑えて命じる。敢えて低く、太く、命令口調で話したのは、そうすることが有効な相手だと判断したからだ。元々、何かに酷く怯えているような男だ。ちょっと凄んで見せれば、浮き足立つことは明白だった。
「ら、雷切が先だ、こちらに投げて寄越せ!」
「そ、そうだ! さもなければ……」
「さもなければ?」
主犯格の男の隣にいたもうひとりが、堪えきれず、と言った様子で声を上げた。クラウスはそれを見逃すことなく、突く。
「さもなければ、いや、あったとしても、だ。全員殺すように言われている。さもなければ、その方らが殺される。違うか?」
男が喉を詰まらせる僅かな音をクラウスは聞き取った。まあ、そんなところだろう。この男たちも脅されて誘拐犯となったのか、それとも、組織の一員ではあるが、この男たちを管理するものが恐怖で支配する人間なのか。
クラウスはアザミ・キョウスケという人物について考えた。あの男の指示で雷切を奪取しようとしているのであれば、その配下を恐怖で動かすことも考えられなくはない。だが、果たしてそうだろうか、と思う部分もある。あの男は掴み所がない。殺しそのものを楽しんでいる様子はあったが、恐怖で人を支配するのは、どうか。人を殺したくて仕方ない男が、殺さずにその過程にある状態を楽しんだりするだろうか。
「ふむ。その方ら、キョウスケの指示で動いているな」
ブンゴはキョウスケの息が掛かっている、と判断している。しかし、クラウスはどうにも解せない。この者たちが『
「いいから、さっさと雷切を渡せ!」
「女がどうなってもいいのか!」
五人の男たちが口々に叫ぶ。それは何か、助けを求めているようにも聞こえた。
「ブンゴ殿。何か妙だ」
「ふむ。何かとは」
その瞬間だった。それまでクラウスが関知してはいなかった、九人目の気配が突然、壁の中から現れた。
クラウスが息を飲む間に、五人の刺客の内、三人が首筋を斬り付けられた。音がするほどの血飛沫を上げて、三人が倒れるのと、マキが悲鳴を上げたのは同時だった。
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