第17話 朽ちた物見砦
アヴァロニア大陸東方諸島郡は、大陸最東の帝政国家・イツキ国の属領である。イツキ国が統一するまでは、各島ごとに権力者がおり、各島々は海を隔てて領土争いを盛んに行っていた過去を持つ。
それ故、どの島でも、山や高台には古びた物見砦がある。朽ちているものも多いが、場所によってはいまも兵を置き、その役目を果たしていた。
東の高台にある旧物見砦もそんな経緯を持つ砦のひとつだが、これは役目を終えた方の砦だった。島の豊かな自然の中に没し、高く背を伸ばした木々や蔦を絡ませる植物に取り囲まれていると聞いた。
「ふむ。このようなところに人が入り込むとは」
その程度まではわからないが、確かにクラウスにも周囲の緑の深さは、存在しているものの気配や匂いの濃さから読み取れる。ブンゴが前を歩いてくれて、道を作っているのか、時折、枝を折って踏み分ける音が響いた。昼の下がり。晴天だ、と聞いた天気ならば、空高くにあるはずの陽光の温もりを、僅かしか感じ取ることができない。おそらくは木漏れ日が差し込む隙間を残した天蓋のように、木々が生い茂っているのだろう。
「……だが、確かに人が歩いた痕跡はあるようだ。ブンゴ殿」
クラウスはそれを指摘する。盲目故に、見えるものもある。
「サヨウか?」
「そこを右だ。草木を落としてある」
「ふむ……本当だ。
「空気の流れが違う。匂いの濃さも」
ブンゴが息を吐く。呆れるほどの驚嘆を現す息だ。
「では、これを辿ればよいか」
「おそらくは。さほど歩く必要もない」
クラウスが言った通り、誰かが切り開いた後の道筋を追った結果、旧物見砦は姿を露にした。と言っても、殆んどが森と一体化している。かろうじて不自然に感じる石組の質感を、クラウスは砦がそこにある、と感じ取ることはできたが、どこに出入口があるのか、どんな外観をしているのかまではわからない。ただ……
「いるな」
「ふむ。もうわかるのか。何人だ」
「八人。歩哨に三人。巡回している。中の広間に三人。おそらくそれが主犯格だ。少し離れて二人。そこに女子の気配がある。マキ殿だ」
「ふむ。恐ろしく正確だな……」
「彼奴らの息遣い、身振りが荒い。音や空気の動きがあまりにも明らかだ。だが、なぜだ……?」
最後の言葉は自問だった。砦に居座る誘拐犯ーーおそらくは魔剣雷切を狙ったアザミ・キョウスケの配下、もしくはキョウスケの属する『
強い緊張に彩られている。そこにあるのは恐怖だ。これほど恐れ戦いて、気配を乱してくれるのであれば、いまのクラウスには掌に乗せているかのように見える。勿論、これはドウセツの元で学んだ、この島に来てからの時間が授けてくれた力でもある。半年前には、これほど『見え』はしなかった。
「ふむ。して、どうする、クラウス殿」
「……招かれたのだ。招かれよう」
ブンゴが聞いたのは、周囲を警戒する三人くらいは無力化しておくか、という事だろう。確かに、そうしておくこともできる。だが、クラウスはあえてその選択肢は選ばなかった。ブンゴが息を吐く。
「よいのか?」
「何を見たかはわからぬが、何かを見たのだろう。その動揺がこれほどわかる相手は、事となればすぐ逃げる。確約していい」
騎士であった頃の荒事の経験が、クラウスにそう判断させた。
「ふむ。では行こう。こちらだ」
ブンゴはもう何も言わず、クラウスも応じる言葉を待つことはしなかった。先に立って歩くブンゴの気配を追って、クラウスは砦の中へと足を踏み入れた。
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