第16話 手段を選ばない
クラウスがドウセツから問答を受けたその翌日のことだ。昼に来るはずだったマキが姿を見せなかった。あの元気娘が遅れることは珍しく、届かぬ昼食と屈託ない笑顔に、ドージョーの剣客たち誰もが疑念を抱き始めた頃合いだった。正門が激しく叩かれたのは。
「オヤカタ様、ドウセツ様!!」
異常な事態を感じさせるに足る悲痛な声に、モンテイたちが門を開いた。クラウスもブンゴと共にドージョーの前庭に出ると、駆け込んできたひとりの人の気配を察知した。
「『銀の貝殻亭』の……オマキちゃんの親父じゃないか」
「へ、へい! サヨウにございます!」
クラウスはその時点で、マキの父の気配からマキの身に起こったことを察した。門をくぐって、その場に倒れるように座り込んだ彼のもとに歩み寄る。
「親父殿。マキ殿は……」
「マキは、誰かに……」
「へ、へい! こちらに……」
そう言うと、マキの父は何かを差し出したようだった。それをクラウスに代わって同じく歩み寄り、マキの父とクラウスとの間に割って入ったブンゴが受け取る。
「……これは……」
紙を広げる音に続いて、少しの間があった。その事から、おそらく手紙のようなものなのだろうと、クラウスは悟る。
「ブンゴ殿。手紙には何と」
「オヤカタ様の魔剣と、マキの取引だ」
魔剣を獲るために、手段を選ばない。
ドウセツの言葉を、クラウスは思い出した。
「東の高台にある、旧物見砦まで、わたしとクラウス殿に魔剣を持ってこさせろ、と書いてある」
「……ブンゴ殿」
「ああ、行こう」
クラウスはブンゴに頷き、踵を返した。
「クラウス殿。これを」
いったい、いつからそこにいたのか。クラウスが振り返ると、前庭とドージョーの間に、シンタに支えられたドウセツが立っていた。手を前に差し出しているようで、その手にはあの青白い気配が蟠っていた。
「雷切を持たれよ、クラウス殿」
「しかし」
わたしにはまだ使えません。クラウスはそう続けようとしたが、ドウセツの気配がそれをさせなかった。持つことを強要するような強い気配なら、拒絶することもできた。渋々手渡すというのであれば、ドウセツも知っている「魔剣を使うことはできない」という事実を、再度言葉にして伝えることもできた。だが、ドウセツの気配は、そのどちらでもなかった。ただ、当たり前のこととして、魔剣をクラウスに渡そうとしている。高揚もなく、自らの半身とも言える愛刀を手放す郷愁もない。ひどく穏やかで、静かな気配だった。
「大丈夫だ。雷切は応えてくれる」
妙に確信めいた言葉に、クラウスはごく自然に手を伸ばしていた。雷切の鞘の感触を、掲げる形で伸ばした掌に感じた。その重さを、その力を、掌に感じた。
「クラウス殿!」
準備を終えたのか、端から準備などなかったのか、ブンゴが門の方から呼ぶ声が聞こえた。
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