第15話 それだけなのか?

 魔剣『雷切らいきり』との邂逅の翌日から、クラウスへの指導は、本格的な『心眼』体得を目的とした内容へと変わった。

 宣言した通り、その指導は全てドウセツから行われた。ドウセツがドージョーに立ち、自らクラウスに伝えた。気配の掴み方。意識の広げ方。その多くを、元々盲目でも斬り合いを行うことができるクラウスは体得していたが、それらは全て、クラウスの独学、もしくは騎士として元々得ていた技術によるもので、実際の戦闘の中では、ずいぶん無駄が多いことを教えられた。その無駄が精神的、肉体的疲労、疲弊をもたらし、ぎりぎりの一線で勝ちをもぎ取れないこともあるだろうことは、十分想像がついた。事実、クラウスはドウセツから何度も木刀での打ち込みをその身に受けた。初めて相対した時と同じ様に、精神世界での打ち合いにも勝てることはなかった。

 そして、その日一日の最後には、必ずドウセツから『雷切』を先出された。ドウセツは雷切を手に取れ、と言う。言われるがままにクラウスは件の魔剣を手にしたが、その度、膨大な魔剣の魔力に襲い掛かられ、雷切を投げ出してドージョーの床に転がった。雷切の持つ雷の魔力が身体の内に作用するのか、血を吐いた日も一度や二度のことではなかった。




「クラウス殿。そなたと初めてあった日、そなたはわしにこう言った。『あの方こそが、存在の全て。あの方が目指す地平に共に立つために、この場に立ち止まるわけにはいかない』と。それは純粋に我欲だ、と」

「申し上げました」


 十日が過ぎ、二十日が過ぎ、魔剣を握る度に魔剣がクラウスの肉体を蝕んだ。疲弊したクラウスに、その日、ドウセツは聞いた。その日もやはり、魔剣の魔力を抑え込むことは出来ず、ドージョーの床に倒れた。ドウセツの言葉は、その直後に紡がれた。


何故なにゆえだ」

「……何故、とは?」


 仰向けに倒れたクラウスは、重い身体をどうにか起こした。初めのうちは意識を失うこともあったが、ここ数日はなかった。その分、少しは前に進めているのだろうか。わからなかった。


「そなたの言う『あの方』がどんな御仁か、わしにはわからぬ。だが、その御仁のために力を求めること、その御仁のために強くなることは、純粋に我欲なのか?」

「そうです。わたしの望み。それ以上ではあり得ません」

「その御仁は」


 ドウセツが言葉を探すような間があった。師は何を求めているのだろう。クラウスは読み取ろうとしたが、わからなかった。自分が『心眼』を体得して、以前と変わらぬように、もしくは以前以上の力を得て戻ることは、あくまでも自分の望みだ。シホあの方の望む地平に、自分は並び立ちたい。立ち続けたい。傍で守り続けること。それは……


「そなたの帰りを待ってはおらぬのか?」


 ドウセツの言葉が、クラウスの脳裏に、別れの日のシホの姿を甦らせた。勿論、盲目であるクラウスに、その姿が見えた訳ではない。ただ、紛れもなく感じたのだ。涙をこらえ、それでも前を向き、笑顔を見せて、申し出を受け入れてくれた。そして、と命じたシホの姿を。


「我欲。確かにそうかもしれぬ。だが、それだけなのか? そなたの剣は、本当にそれだけなのか?」

「あの方は」


 何かを続けようと口を開いたつもりだった。だが、どんな言葉も形にはならず、ただ沈黙と、あの日見たシホの、前向きであるが故に悲しい笑顔が、クラウスを取り囲んで離さなかった。

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