第14話 欠けているもの

「止める、とは……」


 息の根を、ということであろうことは、容易に想像することができた。それでもクラウスはあえて言葉にした。


「……わしには、わしの過ちを正すだけの力が、もうない。やつを追いかけ、止めることも、この身体では叶わん。それでもやつは……キョウスケは、わしの罪だ。わしが止めねばならない」

「わたしに、師の代わりを務めろ、と」

「頼まれては、もらえぬか」


 ドウセツの言葉の途中から、クラウスの答えは出ていた。アザミ・キョウスケとは、因縁がある。前回のような形で敵対することになるのであれば、シホの道に立ちはだかるというのであれば、斬り臥せなければならない。斬り臥せなければならないが、いまのクラウスには、魔剣と戦う術がない。ドウセツは、その術を与えよう、というのだ。師の因縁は了解した上で、それとは別に、クラウスには断る理由がなかった。


「……わたしに、扱えるでしょうか」


 ただ、クラウスには懸念があった。一度は魔剣に身体を乗っ取られている身だ。本当に自分に扱えるのか。勿論、扱うようになるための努力は惜しまないつもりではある。だが、相手は『魔力』という未知の力だ。誰にでも扱えるものなのかどうかさえ、わからない。そして、扱うことがそもそもできなければ、アザミ・キョウスケのような達人に勝ることはできない。


「……わしが以前に言った言葉の意味は、見つけられたか?」


 問いに問いを返され、クラウスは一瞬、その言葉の意図を理解しかねた。しかし、すぐに思い至る。このドージョーで、ドウセツと向き合い、打ち負かせれた直後、ドウセツはクラウスを門下に迎える宣言と共に、こう告げたのだ。

 そなたには、決定的に欠けているものがある。そなた自らがその答えを見つけられよ、と。


「……未だに見つけられておりません」

「その答えが、魔剣を扱う上では、必要になる。剣の技や術ではない。精神の力が問われる」


 そういうと、ドウセツはシンタを呼んで、支えられながら立ち上がった。その手には雷切らいきりを携えている。

 と、数歩、歩み出たドウセツが、クラウスの目前にその雷切を差し出した。


「取られよ、クラウス殿。おそらくこの剣が教えてくれる」


 言われるがまま、クラウスは雷切に手を伸ばした。おそらくは片手で差し出しているであろう、ドウセツの手の両脇に、クラウスは両手で受け取る形で鞘を握り混んだ。

 その瞬間だった。既知感のある熱が、クラウスの両手から腕を通って、全身の温度を爆発的に上げた。血が沸き立つような感覚があり、クラウスはそれをどうにか抑え付けようと、握った掌を、さらに強く握り締めたが、逆効果だった。熱量は上がり、ついには今しがた、ドウセツが纏っていた蒼白い光と同じ閃光が、全身を駆け抜けた。その瞬間、クラウスは座ったまま、文字通り弾き飛ばされて、部屋の隅にある柱に、強かに背中を打ち付けた。


「……なるほど」


 ドウセツの言葉が聞こえ、クラウスはその場に座り直した。深々と頭を下げる。


「……未熟であります」

「明日からは、わしと寝食を共にする。ドージョーにも、わしと立つ。よいか」


 ドウセツには、いまの一瞬で見えた何かがあるのであろう。クラウスは額をタタミに押し付けた姿勢のまま、はい、と応えた。


「この半年あまりの時間は、無駄ではなかったようだ……クラウス殿。そなた、本当はもう、答えに至っているのではないか?」


 ドウセツの問いに、クラウスは頭を上げなかった。何を見て、何を感じて、ドウセツはそう言ったのか。クラウスにはわからなかった。自分に欠けているもの。決定的に欠けているもの。権力者の妾腹の子として生まれ、認知されることなく、厄介者に蓋をするように教会へと送り込まれた幼少期から今まで、自分に欠けているものなど、多すぎてわからない。決定的に、とは何を示すのか。そして、それが魔剣を扱う上で、精神の力を問われる上で、どんな影響を与えているのか。本当にクラウスには、未だに何一つ、答えは見えていなかった。

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