第13話 鬼
クラウスは顔をしかめる。古傷が疼く。シホの力によって、いまは跡形もなく治癒された筈の、背中から斬られた古傷が疼く。可憐な、少女のような暗殺者に敗北した日を、その疼きは覚えている。位階『騎士』の百魔剣、実体を持った幻影を作り出す能力を持つ『
「師よ。師がわたしの中に感じられたのは……」
「……稀有な出会いと思った。こんな悪戯があるものかと。これが運命というのであれば、神は悪戯が過ぎると。『夢幻』と対峙したことのある異国の男が、わしから『心眼』を得ようと現れるとは」
ドウセツが感じていたのは、クラウスが魔剣に人格を乗っ取られていた過去ではない。ドウセツにとっては、かつては自身の一部と言ってよく、その上、自身の一部を破壊した刃でもある。我が子と愛した弟子に奪われ、斬られた、魔剣『夢幻』の気配を、感じていたのだ。
それでクラウスは合点が行く。異国から来た盲目の男と、すぐさまドージョーで対峙し、打ち負かし、その上で自らのモンテイに加えた、ドウセツの思いが、クラウスにははっきりとわかった。
「先ほど、ドージョーの大門に押し寄せた襲撃者。あれはキョウスケの手のものだ。キョウスケはここを出た後も、この
「百魔剣を……収集……?」
「奴らは
キョウスケと対峙したあの日、確かにキョウスケはひとりではなかった。そしてもうひとりも、キョウスケよりも強力な百魔剣を持っていたと聞いた。
このドージョーのものを使って、どうにか名前だけは調べることができた、とドウセツはいう。円卓の騎士。シホを中心として動き始めた天空神教会の一部、百魔剣に対策を講じようという組織とは、勿論異なる。
「キョウスケを拾ったやつらが何を目的としているのかはわからん。だが、やつらが魔剣の収集に対して手段を選ばん。およそ全うな連中とは思えない」
「……師は、そのためにわたしをこのドージョーに迎えた……?」
百魔剣と戦ったことのある剣士は稀だ。それをわかった上で、その実力を確かめ、使えると判断したから育てた。それは剣の腕を磨くことが目的であり、『心眼』を得るためにこの地を訪れたクラウスの目的とも合致するので、決して一方的な利用ではない。寧ろ、それは民を守る立場にあるものの、全うな戦略といえる。クラウスはそう理解した。
しかし、ドウセツから伝わる気配は、その理解を否定していた。より複雑な感情を露にするのは、おそらく、ドウセツの意図的なものだ。この剣豪には、手の内を、心情を、隠し通すこともできるだろう。それをあえてせず、クラウスに感じやすいように表面化しているのだ。
「……違う、と?」
「いや、半分は正解だ。だが、わしがそなたをモンテイとしたのには、もう半分、ある」
ドウセツが、座った自身の前のタタミの上に、魔剣雷切を置く気配があった。かちゃり、と鞘の中の刃か、鍔か、遊びのある鋼の部分が乾いた音を立てた。クラウスがその意図を計りかねる間があり、ドウセツが口を開いた。
「この魔剣雷切を、そなたに譲りたい」
クラウスは実際に突かれたかのような衝撃を、全身に感じた。魔剣雷切は、ドウセツの手元に残された、ドウセツ一族の伝家の宝刀である。いずれは譲ろうと考えていた相手に裏切られ、自身ではもうまともに戦うことが叶わなくとも、易々と他人に、それも異国から来た盲目の男になど、譲れるものではないはずなのだ。
「……
「譲る代わりに、そなたに頼みたい。キョウスケと、夢幻と対峙したことのあるそなたに」
その瞬間、クラウスは唐突に、自分の前に座っているドウセツがどこかへいなくなり、代わりに別の人間が現れたかのように錯覚した。視力に頼れないクラウスには、あまりにも発する気配が変わりすぎる時に、そうした錯覚が起こることがあった。
クラウスが感じたのは、音にはならぬ、慟哭。
怒り、だけではなかった。悲しみ、だけでもなかった。剣を教えた時間、愛情を注いだ時間、その中で育まれたあらゆる感情を、自ら殺す決断をした、慟哭。
「この剣を、わしの全てを、そなたに授ける。その代わり、キョウスケを、我が弟子を、止めてもらいたい」
人の姿をした鬼が、クラウスの前に座っていた。
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