第12話 二振りの魔剣。ひとつの事実
立ち上がったドウセツの気配からは、蒼白い魔力の光を感じた。時折、稲光のように細い光が外へ向かって迸る。
だが、それは長くは続かなかった。ふいに輝きは消え、ドウセツはまたシンタに支えられて、どうにか元いた場所に腰を下ろした。
「この通りだ。老いた身体では、この力を使い続けることはできん。そなたであれば、わかるのではないか?」
「……お察し致します」
クラウスは自身が魔剣に乗っ取られていた時を思い出す。勿論、乗っ取られていたその時点での記憶はないので、自我を取り戻した後の記憶になる。
自我が戻った瞬間に全身を襲った、想像を絶する疲労、倦怠感。意識を保ち続けることすら困難に感じる虚脱感。あれの全てが魔剣の魔力を全身で受けたことに起因するのであれば、いまのドウセツのように、自身の意識がある状態でそれらを受け止めるには、相応の覚悟と鍛練が不可欠となるだろう。仮にその二つが揃っていたとしても、ドウセツのいうとおり、残念ながら老いた身体では受けきることができない。
「……実は、我が家にはこれと同じ来歴を持つ魔剣が二振り、伝わっておった」
ドウセツが深い息を吐いてから言葉を紡いだ。ため息は、魔剣を使って見せた疲労から来るものだけではない様子だった。
「わしは、その二振りをどちらも継承しておった。代々、我が家のものは、そうした才覚を持つように育てられた」
「百魔剣を、同時に二振り……?」
信じられないことだ。いま、ドウセツが持つ魔剣と、もうひと振りの魔剣。いずれも百魔剣としての位階がどの位置にあるものなのかはわからないが、例えば最下位の『兵士』であったとしても、ひとりの人間が、魔剣を二本、同時に行使する等と言うことが、クラウスには可能とは思えなかった。だが、ドウセツが嘘を口にする人間でないことも、よく承知している。いま、雷切の力を纏った様子を見るに、扱いにも馴れていた。
ドウセツは紛れもなく、二振りの百魔剣の使い手なのだ。
「だが、わしは子を成せなかった。そこで我が魔剣を継ぐに足る剣士を、わしの弟子から探した」
ドウセツの気配が揺らいでいた。ドージョーで向き合い、クラウスを精神世界での打ち合いだけで追い詰めた剣豪の覇気をそこに見ることはできない。
「あれは、天才と言っていい。紛れもなく天賦の才を持った男であった。わしの元に来たときは、まだ幼かったが、剣のことはすぐに覚えた。大人を負かすまで、それほど時間は掛からなかった。わしはこのものと決めた。我が魔剣を継ぐに値するものだと思っていた」
「思って、いた?」
クラウスが訊くと、ドウセツの気配はまた揺れた。自らの過ちを悔いる。そういう気配がタタミを蠕動させ、セイザで座ったクラウスの足に伝わってくる。
「わしは、見抜けなかったのだ。あやつの心の闇を。あやつが覚えた剣を、ただ快楽を得るための人殺しに使っていたことを。夜な夜な人を殺めては、どうすれば効率的に人を殺せるか、どうすれば効率的に人を痛め付けられるかを実験していたことがわかったのだ。殺した遺体をさらに切り刻み、肉塊にして楽しむような、そんな闇を、あやつは秘めていた」
「……それで、そのものには剣を譲らなかった、と」
「左様。それがわかったからには、このように強い力は持たせることはできない。剣は、己が欲望のために振るうものではない。それはクラウス殿も理解しているはずだ」
クラウスは静かに深く頷く。それは、ドウセツのドージョーで修行していれば、言葉にされずとも理解できることだ。
「だが、それを告げ、破門を言い渡したとき、あやつはもうひと振りの魔剣を奪って逃げた。辛うじて守ったこの雷切を持ったわしに、生涯残る傷を与えて、な」
クラウスはドウセツの気配の揺らぎを理解する。それは、信じた弟子に裏切られた悲しさから来るものではない。育て方を間違えた、罪の意識だ。
「もうひとつの魔剣は『ムゲン』という。夢、幻と書く、『夢幻』だ」
「『夢幻』!?」
クラウスの瞼の裏に、鮮明に刻まれた記憶が呼び覚まされる。耳が隠れる程度の長さの黒髪を靡かせ、可憐な声と笑顔を見せながら、その手には刃を握り締めて躍りかかってくる姿。狂気そのものの姿。魔剣『夢幻』の使い手。そのものの名は……
「そして、わしから『夢幻』を持ち去ったのはキョウスケ。アザミ・キョウスケという、わしが我が子と見込んだ……元弟子だ」
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