第6話 ドージョー
それから少し歩くと、周囲の空気が変わった。風にそよぐ木々の葉音が大きくなり、土の香りと木の香りが強くなったことから、どうやら森の道を抜けているのだとクラウスは察する。
木々がそよぐ音に混じって、何か固いものが打ち合わされる音が聞こえてきた。初めの内はわからなかったが、歩を進める程に音は近くなる。乾いた、重たい木が打ち合わされる音。クラウスはその音に聞き覚えがあった。天空神教神殿騎士団詰め所の館。その中庭。武術訓練場として設けられたその場所でも、同じ音が毎日響いていた。
「……木刀」
「さあ、着いたよ、クラウスさん!」
クラウスの呟きは、元気よく声を張り上げたマキには聞こえなかったようだ。
「おお、オマキちゃんだ」
「オマキちゃん、弁当か!」
「よし、稽古は終えて、飯にしよう!」
重い木と木がぶつかり合う音が止んだ。複数の気配がこちらに近づく。どれも男で、屈強な体躯をしていることが気配からわかる。纏っている気配が常人とは明らかに異なる。近い気配を探して、クラウスが思い至ったのは、やはりあの黒ずくめの傭兵だった。
「ん、オマキ、そちらのゴジンは?」
ひとり、年嵩の大きい、落ち着いた太い声の男が、マキに問い掛けた。ゴジン、という言葉がどうやら自分のことを指しているようだ、とクラウスは頭から被った外套の下の顔を見せるように上げた。
「ブンゴさん、こんにちは! こちらはクラウスさんです。うちのお客さまですよ!」
「……イジン殿か。ふむ……」
強い威圧感があった。何かを精査する視線に、隠しもしない疑念。それらが戦士然とした屈強な気配と一緒に、クラウスの身体に打ち付けられる。常人ならばそれだけで卒倒しかねない気配だったが、クラウスは顔を向け続けた。
「大層な得物をお持ちだ。……見せてもらえるかな」
つまり、武器は置け、ということだろう。言葉こそ穏やかなものだか、警戒心は最大級に強い。いまにも斬りかかって来そうな程だ。ここで揉めても、意味も利もない。クラウスは判断し、背中に背負っていた騎士剣を降ろしてブンゴという男に渡した。ブンゴは剣を受け取ると、鞘ごと軽々と振り回して握り換え、ゆっくりと鞘から剣を抜いた。
「……ふむ。面白い剣だ。大陸中央の『騎士』という戦士たちが使う剣に似ているが、より長く、より大きい。重心が先端に寄っている。これは大きく振り回して……ふむ、そうだ、一対多数の戦闘を念頭に入れて作られたものだな」
ほう、とクラウスは感嘆の息を吐いた。持っただけで、自分が特注させた剣の特性に気付く人間に、クラウスはいままで会ったことがない。このブンゴという男、気配ばかりではなく、おそらく相当の手練れの戦士だ。もしかしたら、この男が『
「誰かを襲うために作られたものではない。どちらかと言えば……ふむ、守るためだろう。これを振るうことで、仲間より多くの敵をその身に引き受ける……クラウス殿、と言ったか。このドージョーにいらした要件を伺おう」
「クラウスさんは『心眼』を教わりたくてここまで旅して来たそうですよ!」
「……ふむ。なるほど。盲目で、人を守るための剣を持つ男が、『心眼』を……」
「悪い人じゃあなさそうだし、うちのお客さんだから、連れてきました! ドウセツ様にお目通り、叶いますか?」
まるで通訳だ。マキはクラウスが伝えたいと思うことを次々話してくれる。ブンゴもブンゴで、クラウスが盲目であることに既に気づいていて、理解していく。なんだ、とクラウスは不思議に思う。言葉を超える速さで意思を疎通していく、この感覚。これは、いったい、なんだ?
「ふむ。いいだろう。アナイする。マキ、ドウセツ様の食事も持てよ」
「わかりました! よかったね、クラウスさん、会って貰えるよ!」
「……感謝する」
どうにか感謝だけは、自分で言葉にすることができた。
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