第5話 悪い人じゃあなさそう
「あなた、ずいぶん物静かな人ね」
大きな荷物を両手に持ち、前を歩くハタゴの女性が言う。また歩くことにのみ意識を集中していたクラウスは、顔をあげて彼女に聞く用意があることを伝えた。彼女の名前はマキといい、オマキ、オマキと周囲の人々は呼んでいた。ハタゴ『銀の貝殻亭』の主の娘で、十五歳だという。シホと同じ歳だ。
「ここはこの辺りの島の中では大きい方だから、大陸中央からのお客さんも少なからずいるの。あなたみたいな、傭兵?っていうの? そういう戦うのが仕事の人も時々来て、『サムライに会わせろ、サムライはどこだ』とか言って怒鳴る人もいるのね。そういう人は大抵、オサムライ様と腕試しがしたくて来てるし、ひどいのなんかは、勝ったらドージョー丸ごと乗っ取って、この島に居座って、勢力広げて、一部地域の支配者になろう、なんて考えてた人もいたみたい。でも、誰も成功してないんだけどね」
マキが両手に持っている荷物の重さは、マキの重心の釣り合いが不安定で、時折持ち直す様子からわかる。両手にひとつずつ持っているので、ひとつ持つか、と訊ねたが、マキは「お客さんにそんなことさせられないよ、大丈夫、慣れてるから!」と言い、断られてしまった。
そんな状態にあるマキだが、文句ひとつ言わない。もうハタゴを出てからしばらく歩いたが、疲れた様子は微塵もなく、言葉は相変わらず流暢で、話途中で男声を真似てみたりと、とにかく元気な様子だった。慣れているから、というのは嘘ではないし、元々こういう性格なのだろうとも思う。同じ年齢であることから、クラウスは闇の向こうの彼女にシホの姿を思ったが、あまりにも真逆の性格のため、いまはどんな容姿の女性なのか、像を結ばなくなっていた。
「その手の人はさ、舟を降りてきた時にもう、わかるのよ。偉そうに威張り散らしてさ、おれ様が一番強いんだぞー、みたいな感じ。まあ、泊まってくれればお客はお客だし、大陸からのお客は羽振りもいいから泊めるけどさ。あたしはあんまり好きじゃなくて。だからクラウスさんもその手合いかな、って桟橋にいるのを見たときは思ったのよ。そんなに大きな剣を持ってるしさ。そしたら「失礼。教えていただきたいのだが」だもん。その後は全然喋らないし。あたし、そういう人には初めて会ったから、驚いてるのよ」
「……そうか」
別に意識して話さずにいるわけではなく、単にマキの言葉と勢いが強く、話す必要がないだけなのだが、マキからすればそう映るのだろう。クラウスからすれば、神聖王国カレリアで、これほど快活に話す少女に会ったことがないので、これは土地の特性というものなのかもしれない。
「え、クラウスさんは、傭兵でいいのよね? それとも中央では旅人がそんな剣持って歩いてるのは、珍しくもないの?」
老船頭に続き再び傭兵、と言われ、同じ様にあの男の姿が思い浮かんだ。全身黒ずくめの男。紅い刃の剣を振るう、伝説の傭兵。
先ほども思ったことだが、あの男と一緒くたにされることには、どうも抵抗があった。傭兵ではない、騎士だ、と言葉にしようとしたが、暇を出された身であることを思い、いまの自分が騎士を名乗るべきではない気がした。
ならば、いまの自分は何者なのか。名乗るものを持たず、クラウスが無言でいると、
「まあ、言いたくないならいいけど。悪い人じゃあなさそうだし」
と、マキは自分の問い掛けを、さっさと切り上げてしまった。
「……悪い人ではなさそう……」
その言葉は、クラウスにとってはとても意外だった。『鬼の騎士長』『一刀必殺』等、様々な不穏極まる二つ名が独り歩きをしていた中央では、そんな風に言われたことはない。確かに、悪人とは思われてはいなかっただろう。だが、相い対す全ての人間に、恐れと畏れを常に持たれていたように思う。
「ええ、そう。悪い人じゃあないでしょう? だって、声が優しいもん」
マキはあっさりと言い、また笑った。
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