第4話 ハタゴ

 視力に頼らない剣がある。

 そんな話を耳にしたのは、クラウスが修道院から大聖堂に呼ばれ、先代『聖女』ラトーナ・ミゲルから、やはり大聖堂に呼ばれたばかりだったシホの身辺を託された頃の事だ。初めは、シホの警護のために剣技を学び始めたクラウスに、指導教官であった神殿騎士が話した噂程度の内容だったが、その後クラウスは、自ら大聖堂所蔵の書物や人伝いに情報を集めることで、それが実在することを確かにしていた。

 感覚を研ぎ澄まし、目を瞑っていたとしても相手を斃す剣技。『心眼しんがん』と呼ばれるその剣技は、遥か大陸東方の海に浮かぶ島々の戦士、その中でもごくわずかなものが体得している、という。

 アヴァロニア大陸東方には、無数の島々が浮かぶ地域があり、大陸中央に位置する神聖王国カレリアなどでは、それら地域を『東方諸島群』と呼んで一纏めに扱っていた。だがその内情は、千々の少数民族に分かれていて、クラウスが目的地とする『心眼』を体得している戦士たちがどの島にいるのかまでは、大聖堂での情報収集ではついにわからなかった。

 そのためクラウスは、旅をしながらさらに情報を集めた。玉石混淆ぎょくせきこんこうの情報を選り分け、ようやくこの島にたどり着いたのだった。シホに暇をもらってから、既に三月みつきは時が過ぎていた。


「桟橋を行ったらぁ、角にハタゴがあるよ。部屋は空いてるはずだぁ」


 訛り言葉で話す老船頭に礼を言って小舟を降りたクラウスは、老人に言われた通り、左手に身体の向きを変えて、真っ直ぐに歩き出した。初めての土地では、気配を察するよりも他人から教えてもらった方が正確に周囲の情報を得られる。

 クラウスは周囲の気配に注力しながら、桟橋を歩いた。杖も突かないクラウスの姿は、一見すれば盲人には見えないだろう。しかし、そうするために、戦闘しているのと同じかそれ以上の集中力を要する。クラウスがまず打開したいのは、この状態だった。旅をする中で、それ以前よりは遥かに多くのことを察知できるようにはなっていた。だが、見えている、なにも意識しない状態とは違う。不要な疲労は、自らの足で戦場に赴く上では、限りなく排除しなければと考えていた。


「……ハタゴ……」


 クラウスは老船頭の言った言葉をそのまま口にしてみる。自ら音にして聞いてみても、それが何をしてしているのか、いまいちわからない。この土地特有の名詞なのだろうが、いったい何なのだろうか。見ず知らずの土地に着いて、最初に探す場所。クラウスはこれまでの旅の中でもそうしてきたように考えた。


「……宿か」


 耳に聞こえる人の声が増えてきた。活気ある港町らしい気配を感じる。どうやら言われた桟橋の終わりと往来の角が近づいてきたようで、そのハタゴと呼ばれるものがある辺りから、若い女性の声が聞こえていた。どうやら呼び込みをしているらしい言葉を聞くに、ハタゴというのは宿屋のことであろうと推測した。


「あ、さっきの外洋船のお客さんだね? 寄ってて! 部屋は空いてるよ!」

「……失礼。教えていただきたいのだが」


 クラウスはその女性の声に近づいていった。声質と気配から、相手はおそらくシホと変わらない程度の年齢であることを推測する。但し、話す言葉の勢いは、比べ物にならない程速く、強い。


「ええ、なんだい?」

「サムライ、という戦士団がこの島にいるはずだが、会うことは可能か」

「へえ、オサムライさんに会いたいのかい。なんでまた……」


 そこで女性の気配が変わった。何かに気付いて、驚いたような気配。


「……あんた、目が……」

「『心眼』という技術があると聞いた。可能であれば教授を請いたく、この島まで来た」

「……その様子じゃあ、ドージョーヤブリ、ってわけじゃあなさそうだね?」


 ドージョーヤブリ……クラウスは再び当たった意味を取りかねる言葉に、首を傾げる。そのしぐさを見てか、女性が快活に笑い声を上げた。


「いや、あんた、見たところずいぶん強そうだし、そんなおっきな刃物も持ってて、なんか、おっかないからさ。ドウセツ様のドージョーヤブリかと思ったのさ。でも、その様子じゃあ、そんなことも無さそうだねえ」


 そのドージョーヤブリというのが、一体何を示しているのかがわからなかったが、一先ひとまず女性はクラウスの目的を納得してくれた様子だった。


「いいよ。ドウセツ様のドージョーに連れていって上げる。いつも通りなら、お弁当を持っていくんだ。ああ、但し」


 クラウスが一言も発しないうちに、サムライと面会できる機会が取り図られたようだった。


「泊まるのはうち、『銀の貝殻亭』ね。それが条件よ!」


 商魂逞しい女性である。

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