第3話 老船頭の問い掛け

「あんた、どこから来たんだあ?」


 嗄れた声は、船を漕ぐの老人のものだ。ぎっ、ぎっ、と老人が操作する櫓が、木の軋む音を立て、人懐こそうな声をした上背の小さい、しかし逞しい上半身を持った老人船頭が、合いの手を打つように問い掛けた。この目で見えずとも、声の響き方から、相手の肉体の状態はおおよそ想像できる。長年船頭を務め、結果として肉体は鍛え上げられたのだろう。声と気配から感じられる年齢には相応しくない、引き締まった肉体だ。


「この辺じゃ見ねえ顔だかんよ。あ、言葉、この言葉で通じるけぇ?」


 訛りこそあるものの、使われている言語は大陸中央部、神聖王国カレリアを含む大多数の国家公用語と変わらない。クラウスは老人の言葉訛りと潮の香りを嗅ぎながら、遠くまで来たことを改めて想った。


「あんた、ずいぶん強そうだけんど、傭兵さんかなんかかね? あの島じゃあ、仕事はなかんべえけど、なんぞ用があるんかい?」

「……仕事がない、とは?」


 大型の外洋航海船は、その島の入り江には入ることができず、結果、老人船頭の漕ぐ小型の木船に乗り移り、島唯一の港町まで送ってもらうこととなった。いまは湾内を進んでいるはずで、木船に座り込んだクラウスは、穏やかな波に揺られていた。強い日差しを避けるための外套を頭から被り、下には簡素な衣服しか身に付けていない。靴も柔らかい鞣し革で作られたもので、これまで神殿騎士として身に付けていた鎖帷子やその上に羽織る教会騎士の装備、重い鉄製の長靴などは全て置いてきた。唯一、持ってきたのは特注した長い騎士剣で、いまもそれを抱えるようにして座っている姿から、老人はこちらを傭兵だと思ったのか。もちろん、クラウスは雇われ兵士のようなことはしたことがなく、どこぞの死神と同一に思われることに反感を抱いた。しかし、傭兵に仕事はない、とは。老人の言ったその言葉が気にかかった。


「そうさねえ。あの島のオサムライは、この辺りの島の中じゃあ、いちばんにつええからよぉ。何せ、噂じゃ。それなりな大きな島だかんの、そら、悪さするやつらもおるにはおるらしいがね。みんなオサムライが懲らしめてくれるんで、他所の雇われ兵には、仕事はなかんべえ?」

「……なるほど」

「あれ、まさか、あんた、なんも知らんと来たんけぇ?」

「いや……」


 クラウスは微笑む。なにも知らずに、こんな遠方まで、日常生活に最大の気を張り積めて、気配を察しながら旅をしたりしない。もちろん、この島のことは知っていた。知っていたから、ここまで来たのだ。笑みが浮かんだのは、いままさに上陸しようとしている島が、確かに自分が目指していた島であることがわかったからだ。


「知っている。そのために来たからな」

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