第43話 現実:技術-ガラスの起源と歴史

★ガラスの起源と歴史:

「瑠璃(るり)」「玻璃(はり)」「ビードロ」「 ギヤマン」、これらはすべて「ガラス」を意味する。



▼ガラスの起源:ガラスは紀元前数千年に誕生した。

 ガラスの起源は、紀元前数千年までさかのぼるらしい。

もっとも古いガラスは、西暦紀元前25世紀ころ(約4500年前)に

メソポタミア/シリアで作られたものと考えられています。


 伝説では、とある船乗りが砂浜で焚き火に岩塩を使ったところ、偶然、岩塩が焚き火の熱で溶けて砂と反応し、世界で最初のガラスが誕生したといわれている。(焚き火程度の熱で、どうしてそうなるかは知らんが、むしろ焚き火に塩とかミョウバンとか入れるなら、色付き花火の起源になってもよさそうだが)


- 中略 その昔、*1.天然ソーダを商うフェニキア商人たちの船がシリアの海岸に着き、*2.ベ一ルス川の河口で食事の用意をするために周囲を見まわした。


 だが、大鍋を支えられるようなかまど用の石がなかなか見つからなかったので、彼らは積荷のソーダ塊を取り出して、その上に鍋を乗せたました。


 そのソーダ塊が熱せられて、砂浜の城砂とうまく合わさったとき、あの見たこともない半透明の液体が、何本も筋をなして流れだしてきた。

これが、ガラスの起源になった。(博物誌(第36巻第65項 抜粋) -


*1.天然ソーダは、遊牧民により家畜に与えるナトリウム源としても古くから利用されてきた。

(塩湖・ソーダ湖〜塩を集めていく水 より)

*2.古代の地中海東岸に位置した歴史的地域名フェニキア(シリアの一角)のカルメル山の麓にガンデビアという沼がある。

これがベールス川の水源で、川は5マイルほど流れて海に注ぐ。

波に洗われた白い砂はガラスの原料になりうる。

何世紀もの間ガラスの生産はこの地に頼った。



▼古代のガラスの価値は? :太古、ファラオのためにガラスは宝石や貴石として献上された


 ガラスは今から4500年ほど前(紀元前2500年頃)のメソポタミアで誕生しました。

この時代のガラス製品は、鮮やかな色彩と輝きが特徴的です。


 その用途は日用品としてではなく、宝石の代用品として整形されたものが多かったようです。


 なぜなら当時、宝石や貴石はとても高価で貴重なものでした。

ウルの王墓といわれるシュメール初期王朝時代(紀元前2900年-2300年頃)の墓からは、貴石であるラピスラズリの王冠や金銀半貴石を使った工芸品などが多数発見されたことからも、宝石や貴石の価値の高さがうかがえます。


 現存する古代エジプトのガラス彫刻として最大かつ傑作とされているメンホテプ三世(ツタンカーメンの祖父_在位:紀元前1386年 - 1349年)のファラオ頭部工芸品。


 これは当時から、遥かアフガンでしか産出できない貴重だったラピスラズリを再現するため、コバルト原料と青銅を合わせてラピスラズリの濃紺色を忠実に表現しています。


 当時のガラス工芸は、宝石や貴石を生み出す王家秘密の技法とされていました。

輝くガラスの色は宝石と同等の価値をもつと考えられ、権力の象徴としていたようです。


 この宝石や貴石への憧れを動機に、ガラスの技法が進化し、様々な色彩のガラスが生みだされていきました。

こうしてラピスラズリの紺碧やトルコ石の青緑、カーネリアンの深紅やアメジストの赤紫を再現する色ガラスが、この時代にすでに実用化されたようです。



▼ガラスの歴史:

<古代のガラス> 型からガラス器をつくる「型押し法」が確立。

 紀元前1500年頃になると、メソポタミアやエジプト、シリアなどでは粘土で型をつくり、溶かしたガラスを押しつけて成型する「型押し法」などの製造技術が確立した。


 これよってガラス器の普及は進むが、一個一個、型をつくって成型するため、もちろん大量生産は不可能。

生活用品というよりは、とても高価な装飾品だったに違いない。



<ローマ帝国時代> ガラス工芸史上もっとも画期的な技術革命「吹きガラス技法」が。


 紀元前1世紀ころ、「吹きガラス技法」という新しい製造技術が発明された。

発明されたのは、古代シリアと考えられています。


吹きガラスは、細い鉄パイプの先に溶かしたガラスを水飴のように巻き取り、息を吹き込んでガラスをシャボン玉のようにふくらませて成型する方法。


 現在もなお世界中で受け継がれている基本的なガラス製造技法で、

とくにびんや容器の少数生産に使われています。


 この方法によって球形や円筒状までさまざまなかたちや大きさのガラスの容器などが簡単に作られるようになり、ローマではローマン・グラスと呼ばれる独特のガラス工芸が花開きました。

またこの頃、ガラスの窓も誕生した。


 ローマン・グラス、「吹きガラス技法」は1世紀くらいの間に、オリエント、エジプトに広がりました。


 なぜならヘレニズム時代の主要なガラス産地であるシリアやエジプトは、紀元前1世紀にローマ帝国の支配下に相次いで入ったからである。


 それまでのガラスは、たいへん貴重品でしたが、吹きガラスの発明で平民でもガラスの容器などが買えるようになったといわれています。


 もっとも現代ではガラスは透明なものがほとんどですが、ローマン・グラスより前では、むしろ不透明なガラスが中心でした。



<中世のガラス> ステンドグラスが一大ブーム。板ガラス製法も確立。


 ローマ帝国が滅亡すると、ガラス職人たちは周辺諸国に移住し、土地土地に根をおろして独特のガラス器を誕生させた。


 とくにビザンチン(東ローマ帝国)で生まれたステンドグラスは、

東方の回教(イスラム)国でも一大ブームを巻き起こし、西洋のガラス工芸の基礎になったといわれている。



<近世のガラス> 大きな板ガラス製造へ向けて。「磨き板ガラス」


 中世の時代でガラス器の製造技術はある程度確立されたが、建築にガラスが多用されるようになるにつれ、ガラス工芸と板ガラスははっきりと分化しそれぞれ独自の道を歩み出す。


 より大きく平らな板ガラスの製造へ向け、さまざまな方法が試みられたのが近世の歴史です。


 ドイツなどでは吹きガラスで長い円筒をつくり、切りひらいてのばしたあと再び加熱して平らな板にする

「手吹き円筒法」などが発明されました。


 他にも、17世紀、フランスでは、

鋳造法により作られたガラス2枚を石の上でこすり合わせて粗摺り(あらずり)し、フェルトで仕上げる磨き板ガラスが開発されました。


 ですが、手間がかかるぶん、やはり恐ろしく高価なものになったらしいです。



<近代・現代のガラス>板ガラスの大量生産方式「フロート法」が完成。

「ガラス工芸史上画期的な技術革命『フロート法』。ただし! ガラス工芸史上じゃあ二番目だ。」


 20世紀に入ると、板ガラスの製造法は急速に発達しました。


 最初から板として成型する「フルコール法」「コルバーン法」といった方法が発明され、20世紀のはじめにはすべて自動化された大量生産方式も完成する。


 また、完全な平行平面をつくるための磨板ガラスの技術も発達した。

そして50年代、板ガラス技術の革命ともいうべき「フロート法」が誕生し、現代の板ガラス製造が確立した。



<日本のガラスの歴史> 西欧ガラスはフランシスコ・ザビエルが伝えた。


 日本では、紀元200年代までの弥生時代の遺跡から、まが玉、くだ玉といった装飾品が多数発見されていて、

これらが日本で最古のガラスといわれている。


 古代から中世にかけては、仏教の隆盛にともなって、仏像や仏具、七宝にガラスが使われ、徐々に普及していった。


 1549年、ポルトガルの宣教師フランシスコ・ザビエルが日本にやってきたが、このとき持ってきたガラスの鏡や遠めがねが、日本で最初の西欧ガラスとされている。


 鎖国時代はポルトガルやオランダ、イギリスからさまざまなガラス器が渡来し、「ビードロ」「ギヤマン」と呼ばれて人々に大いに珍重されました。


 1570年代にはガラス製造法も伝えられ、徳利や風鈴、彩色ガラスの灯ろうなど、ガラス細工づくりも盛んになったらしい。

独特のカットをもつガラス器「切子(きりこ)」も生まれ、なかでも薩摩切子の皿、丼、コップ、茶碗、江戸切子の鉢やくしが人気を集め鬼島津の倒幕への軍資金になりました。


 板ガラスの登場は明治維新後のことで、本格的な板ガラス工業の誕生は、明治40年の旭硝子の設立に始まります。




▼板ガラスの基本的な製造工程

 板ガラスの主な原料は、珪砂(けいしゃ)、ソーダ灰、石灰石など。

さらに、研磨や切断といった製造工程でできる、ガラス屑(カレット)も、再処理・再利用されている。


 またガラスを着色する場合は、酸化ニッケルや酸化コバルトが加えられる。

こうした原料を一定の割合で調合し、1600℃以上の溶解窯に入れて熱すると、澄みきった均質のガラス素地ができあがる。


 さらに製造する板ガラスの種類に適した方法で成型し、洗浄、乾燥、切断を行い、板ガラスが完成する。



 フロート板ガラスは、もっとも一般的な板ガラスで、窓や鏡、自動車や鉄道車輌の安全ガラスの材料として使われている。


 この製造には、*3.「フロート法」と呼ばれる方法が用いられている。

溶かしたガラス素地を溶融金属の上に浮かべ、厳密な温度操作で厚み・板幅の均一な板ガラスに成型する。


 重く粘度の高い溶融金属の表面は液体の如くなだらかで滑らかな水平なので、ガラスも自然に平行平面に仕上がるのだ。


*3.フロート法とは、現代の板ガラスの代表的な製法がフロート法。

 1959年にイギリス・ピルキントン社が開発し、今では世界中に普及している。

その原理は、溶かしたガラス素地を溶融金属[錫(すず)]の上に浮かべて、ガラスを板にするというもの。


ガラスの比重が錫よりも軽いので浮かぶ。


 この製法によって、磨きを必要とせず、両面ともほとんど平らな板ガラスが実現した。

フロート法で作られた板ガラスはフロート板ガラスといい、平行平面と火造りのつやを兼ね備えた優れたガラスである。


 建物の窓、ショーウインドゥ、鏡、そして自動車や電車の安全ガラスの材料として使われるなど、ほとんどの透明板ガラスの幅広い用途に用いられている。


 デパートのショーウインドウやガラス張りの高層ビルなど、現代の建物には、あたりまえのように大きな板ガラスが使われている。


 こうした歪みのない、厚くて丈夫な大面積のガラスは、「大板ガラス」と呼ばれ、フロート法によって初めて製造できるようになったものだ。

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