現実:技術
第40話 現実:技術-通信-手旗信号、旗振り通信、腕木通信、モールス符号
小説で通信手段はあまりチートされていないような(魔法の無線電話とかで済ませちゃう)
★手旗信号(てばたしんごう):
手旗(てばた)とは、手に持って振り方や姿勢によって多数の合図意味や文字や数字を表示する為の旗。
手旗信号は、手旗を使い遠方への通信を行う手段。
ただし、裸眼、望遠鏡・双眼鏡等、可視範囲に限られる。
その成り立ちから、おもに海での活動で用いられる。
また、携帯用無線機が普及する以前は、測量業務やクレーン運転合図にも多用されていたが現在は至近距離で素手合図を、素手合図を視認できない距離では携帯用無線機が用いられており、手旗を用いた合図は用いられていない。
通信手段として海運業、鉄道業務、モータースポーツ、公営競技、飛行船等で使用されている。
★旗振り通信(はたふりつうしん):
江戸時代中期〜明治期にかけての日本で、米相場などの情報を伝えるために活用されていた旗などを用いた通信システム(大型手旗信号の一種)
昼間は旗、夜間は松明を用いた『火振り』や提灯(都市近郊)が用いられた。
旗の視認には望遠鏡や双眼鏡が用いられ、旗振り場の間隔は、長くても3里半(14km)-5里半(22km)。
1回の旗振りを約1分、旗振り場の間隔を3里(12km)とした場合、通信速度はおよそ時速720km。
これは大阪-和歌山まで十三峠経由で3分、天保山経由で6分。京都まで4分、大津まで5分、神戸まで3分-5分-7分、桑名まで10分、三木まで10分、岡山まで15分、広島まで27分で通信できたといわれている。(江戸までは箱根を超える際に飛脚を用いて1時間40分前後または8時間)
ただ、1981年(昭和56年)に大阪・岡山間で行われた実験では2時間を要している。
◎合い印:通信方法に間違いがないかどうかを確認するために、予め決めておいた数をあわせて通信した。
◎台付 :他人が通信を盗み見ることへの対策として、旗で通信する数字を実際よりも増減させることを予め決めておき、他人が盗み見ても役に立たないようにした。
★腕木通信(うでぎつうしん):
18世紀末〜19世紀半ばにかけて主にフランスで使用されていた通信網。
望遠鏡を用い、腕木の振り方や姿勢を読み取ってバケツリレー式に情報を伝達した。
使用されていた当時はテレグラフ
(ギリシャ語で遠くに書くことテレ・グラーフェンに由来)と呼ばれていた。
・その昔、無線はおろか電線を使った通信網(電話ではなく、モールス符合の電信)すら無かった時代、「腕木通信」というシステムが主にヨーロッパで使われていました。
これは軍艦の間で行われていた手旗信号を大型化・固定設備化したものです。
腕木通信は1793年にフランスでクロード・シャップによって発明された。
またシャップは機構開発に当たり、腕木機構の複雑な動作を可能とするために天才的な時計師、アブラアム=ルイ・ブレゲの協力を得ている。
原理は大型の手旗信号とも言える方式で、腕木と呼ばれる数メートルの3本の棒を組み合わせた構造物をロープ操作で動かし、この腕木を別の基地局から望遠鏡を用いて確認することで情報を伝達した。
夜間には腕木の端部や関節部に灯りをともして信号を送ることも試みられたという。
原始的な方式ながらも伝達速度は意外に速く、一分間に80km以上の速度で信号伝達された。
また、腕木の組み合わせによってそれ以前から存在した手旗信号よりも
精密かつ多彩なパターンの信号を送信できるため、短い文書を送れるだけの通信能力があり、基地局整備によって数百km先まで情報伝達することができた。
シャップの考案した1799年以降の改良型では腕木だけで92パターンの動作を示すことができ、理論上は2つの符号を送ることでその二乗、8,464パターンを形容できた。
しかもブレゲの着想により、腕木を操作する信号手手元の操作レバーと、
塔屋上の腕木は相似形で、てことロープの動きで自在な操作ができた。
シャップの提案に対し、当初はその有効性に疑念が抱かれたが、1793年7月にパリ近郊3地点25kmの間で実施された公開試験では28語を11分で伝送して可能性の高さを示した。
フランス革命期に政治家としても活躍した軍人・科学者のラザール・カルノーの後押しで通信網整備が開始され、ほどなく軍事上の価値を認められて急速な整備が開始された。
フランス革命期からナポレオン時代にかけ、フランス国内で総延長600kmが整備された。
ナポレオンも腕木通信の活用に熱心で、国内を中心とする幹線通信網の整備に取り組んだ。
この結果、1819年の記録によれば、
フランス国内を縦断する551kmのルート(パリ・ブレスト間)を通じ、
8分間で情報伝達することを可能にしたという。
フランスでは政府の公用通信業務のほか、余裕があれば民間からの通信需要にも応えており、通信料金は極めて高価であったが、特に迅速性の求められる相場情報伝送などにしばしば活用された。
利便性が注目され、最盛期には世界中で総延長1万4,000kmにも達した。
フランスではナポレオン以降の復古王政期間にも幹線ルートの通信網の延長が進み、1846年-47年の最終的なピーク時にはフランス国内だけで腕木通信網延長は4,081kmに到達した。
またシャップ式でない腕木信号装置やその類型であるシャッター式の
信号装置も諸国で考案されて実用に供された。
近代的な電気通信網が発明されるまでは、情報伝送量、通信速度と通信可能距離の3点において、最も優れた通信手段といえた。
しかし、要員を常駐させねばならないこと、悪天候時は使用できないことなどの欠点があり、より迅速性と確実性に富んだモールス信号を利用した有線電信の登場により、1840年代以降は先進国から急速に衰退した。
1880年代にスウェーデンの離島で運用されていたのが最後の使用例とされている。
●遠方から視認できる腕木を用いて情報を伝送する方式は、後に鉄道の腕木式信号機へと応用されている。
●フランス通信社の創業者であるシャルル=ルイ・アヴァスは腕木通信のメッセージを解読してどこよりも早い新聞の速報記事を出すことで
フランス通信社を発展させた。
どのような手段で解読していたのかは謎のままであるが、何らかの手段で解読表を入手したと言われている。
●王政復古期が時代背景となるアレクサンドル・デュマの伝奇小説「モンテ・クリスト伯」の中では、策謀をもくろむ主人公が腕木通信の通信塔を訪れ、通信士を買収して捏造情報を送信させるシーンがある。
★モールス符号(ふごう):
電信で用いられている可変長符号化された文字コード(モールス符号を使った信号はモールス信号と呼ばれる)
アメリカ合衆国の発明家サミュエル・フィンレイ・ブリース・モールスが符号と電信機との特許を1840年6月20日に取得した。
無線通信に限らず音響や発光信号でも会話や通信に活用している(投光・遮光が一挙動で自由に出来て信号を送れるレバー付きブラインドを内蔵したサーチライトを持つ大型船舶が存在する。)。
また、SOSを初めて発信したのは1909年6月10日、アゾレス諸島沖で難破した「スラボニア号」である。
このSOSは、1912年4月15日、客船タイタニック号が沈没した時にも使用された。
SOSが、マルコーニ式電信機を積んだ船の中で初めて使用されたのがこの時である。
この時は遭難信号として用いられていたCQDを先に発信し、後にSOSも発信された。
モールス符号による遭難通信の取扱いは1999年で廃止され、航空機や船舶からの遭難信号の発信には、
Global Maritime Distress and Safety System(GMDSS)によるEPIRBが使われている。
なおモールス符号による通信は、日本では一部の漁業無線や陸上自衛隊の野戦通信、またアマチュア無線で用られている。
なお、無線電話における遭難信号は「メーデー」である( フランス語: m'aider より)。
但し、対空救難信号は、国際民間航空機関(ICAO)により「V」と定められている。
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