恋の自覚

「ミッシェル·····クロード王子と万事上手くいっているようで、よかったな。バレたら殺されるとばかり思っていたよ。おや、ミッシェルだいぶ顔が赤いね?熱のせいかな?」


トム先生の後をついて、ペンギンがペタペタ入室してきて「クエっ!」と鳴いた。

トム先生はペンギンに目配せし、頷くと「使獣よ我に力を」と言った。

ミカは、おでこがヒンヤリ冷たくなるのを感じた。どうやらペンギンの使獣の力は、冷却させる力のようだ。

ミカは、ほてった頭がクールダウンされていくのを感じながら考えた。


(クロードは本気なのだろうか·····それにしても、いきなりキスって!?え?そういうもの!?この歳で恋愛経験ゼロの自分が悔やまれる!学生時代に告白された時に、勉強が忙しいからと断るんじゃなかったなぁ·····。)


熱のせいかうまく頭が働かず、混乱するミカをよそに、手際よく診察していたトム先生が言った。


「うーん。これは感染症とかではなくて、知恵熱に近いね。ミッシェル、かなり無理したね?ミカエルのフリをする為に、とても頑張ってるのは分かるけど、昔から無理すると熱が出るのだから、気をつけなきゃダメだよ?·····『無理する』と『頑張る』の違いって分かるかい?」


「え?『無理する』と、『頑張る』の違いですか?·····えーっと。『ベストを尽くすこと』が頑張ることで、『ベストを越えて尽くすこと』が無理すること·····とかですかね?」


「そうだね。その通りだ。そして、ベストを越えたかどうかは、カラダが教えてくれる。もっとカラダの声に耳を傾けて、キャパを越えそうな時は早めに休むことが重要だよ。なんでも自分でやろうとしないで、もっと周りを頼るんだよ?」


「はい·····気をつけます·····」


トム先生の指摘は前世の自分にも当てはまる、耳の痛い話だった。


(確かに、早朝起きて馬に乗ったり、深夜に学園をうろついたり、ミッシェルの体に負荷をかけすぎたんだろうなぁ·····。)


「たぶん1日ゆっくりすれば、明日にはすっかり回復すると思うよ。熱だけで他の症状も無いようだし、薬もいらないね。じゃあ、私はもう行くからね。今日はゆっくり休むんだよ」


トム先生がそう言って、部屋を出ていった。

ミカは明日には治るという言葉に安心し、目を閉じるとすぐに眠りについた。


次にミカが目を開けた時には、窓の外はすっかり夕焼けになっていた。

ミカはカラダがとても楽になっているのを感じた。おでこを触ってみたが、すっかり熱も下がっているようだ。


「よかった。もう、治ったみたいだ。ダルを迎えに行かなくちゃ!それにしても、どこからが夢でどこからが現実だったのか、よく分からないな。もしや、クロードに告白されたのは夢だったのかな·····」


ベッドから起き上がってミカが伸びをしていると、ノックされクロードの声が聞こえた。


「ミカ?起きているか?体調は大丈夫か?·····ダルを連れてきたから、開けてくれないか?」


ミカが扉を開けると、クロードの腕の中にいたダルがぴょんとミカに跳びうつった。クロードは右手に食事の載ったトレー、左手にダルを抱えてくれていたようだ。


「ミカー!大丈夫だったウサか?熱出したと聞いたウサ!」


「うん。ありがとう。大丈夫だよ、ダル!なかなか迎えに行けなくてゴメンね!クロード、ダルを連れてきてくれてありがとう!」


「ああ。だいぶ顔色が良くなったな。よかった。·····でも、まだ無理しない方がいい。念の為、ベッドで横になっていてくれ。アニタさんに作ってもらった夕食を持ってきたから、ベッドで食べるといい」


「ありがとうクロード!本当にカラダが弱っている時に優しくしてもらうと、心にしみるなぁ。アニタさんにも今度会った時にお礼を言わなきゃ。·····夕食はオニオングラタンスープとトマトジュースか!うーん、美味しそうな匂い!!いただきますっ!」


「よかった。食欲も戻ってるようだな」


「うん!お陰様ですっかり熱も下がり、体調は回復したよ。明日にはいつも通り生活できると思う!」


「そうか。·····よかった。でも、まだ病み上がりだろうから、無理しないでくれ。何かあったら私を頼ってくれ」


心配そうな表情のクロードの言葉に、ミカはとても心が温まるのを感じた。


「ありがとうクロード!本当に助けられたよ!」


「ミカの役に立てたのなら、私も嬉しいよ」


クロードの優しく微笑む表情に、ミカは胸に愛しさが溢れるのを感じた。

ミカはそんな自分の感情に戸惑い、クロードを意識し過ぎないように、わざと食事を食べる事に集中した。


ミカの食べ終えた食器のトレーを片付けた後、クロードがベッドに座り、ミカに近づいてきた。クロードの石鹸のような清潔感ある、少し甘い体臭にミカはドギマギした。

ヒンヤリしたクロードの手が、ミカのおでこに触れた。


「熱はもう下がったようだな。よかった·····」


「なんだ、熱はかるのか、よかった·····」


「先程は体調悪い中、動揺させて悪かった·····。あの後、反省した。もう体調悪い中、無理に迫るようなことはしないから安心してくれ」


「·····うん。ありがとう·····」


(あれはやっぱり夢ではなかったのか·····ということは、告白の返答しなくてはだよね?!)


動揺するミカの心を察したのか、クロードがトレーを持ちながら静かに言った。


「返答はゆっくりでもいい。·····私の気持ちはずっと変わらない。長居して悪かったな。ゆっくり休んでくれ。おやすみ」


「あ·····ありがとう!クロード!おやすみ!」


クロードが部屋を出たのと同時に、ダルが話しかけてきた。


「クロードと一緒に夕飯食べてきたけど、ミカが食べてるの見たらまたお腹すいてきたウサ·····にしても!クロードが言っていた返答って何のことウサか!?」


ミカは自分の脳内の整理も兼ねて、ダルに一部始終を説明することにした。

話を聞いて、ダルがのんきそうに言った。


「好きかどうかなんて、すぐ分かるウサ」


「え!?どうすれば?」


「例えば、僕ならば好きな物と言えばニンジンだウサ。目を閉じてニンジンを想像するウサ。他の食材も思い浮かべてみる。·····ニンジンを思い浮かべた時が、1番心がウキウキする!つまり、ニンジンが1番大好きって事ウサ!」


「そんな、食べ物と同レベルでいいのかな·····」


「ともかく、やってみるウサ!ミカ、目をつぶるウサ!じゃあ、僕が人の名前を言うから思い浮かべるウサ。·····えーっと。ジェス・ドーベル!·····キース・フェレ!·····フィン・ジャーブル!·····クロード・イグル!···············どうウサか?その顔だと、自覚したみたいウサな」


ミカはクロードを想像した瞬間に、他の人を想像した時にはなかった、苦しいような切ないような愛しいような感情が胸に溢れるのを感じた。


(·····これが、人を好きになるって事か!·····うわぁ。どうしよう!アラサーにして10歳も年下の子に初恋とか、恥ずかしすぎるのでは?!)


ミカは顔が真っ赤になるのを、止められなかった。

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