王子の告白

翌朝、日が登ってもミカは、ベッドから降りることが出来なかった。

カラダが重くて怠くて、動くのが酷く億劫であった。ミカは自分のおでこを触って確信した。


「うわぁ。こりゃ、熱が40度くらいあるな。昨日悪夢で汗かいたあと、出歩いたからかな。·····まずいな·····トム先生に連絡しなくては·····」


ミカが水を飲もうとヨロヨロと布団から立ち上がると同時に、部屋がノックされジェスとクロードの声が聞こえた。


「ミカ!朝食来ねぇのか?食わねぇなら、俺が食っちまうぞ!」

「ミカ?大丈夫か?体調悪いのか?」


ミカは弱々しい声で2人に答えた。


「あ、ジェス、私の分の朝食、食べていいよ。食欲ないや·····クロード。申し訳ないけど、体調悪いから私の主治医のトム先生を呼んでもらっていいかな?授業は体調不良のため欠席しますと、先生に伝えて貰えると助かる」


「おいおい!昨日も腹下してたみたいだし、大丈夫か?ちょっと心配だから、顔見せてくれよ!」


この状態で胸元に包帯まくのはしんどいなぁ·····とミカが迷っていると、察してくれたらしいクロードがジェスに声掛けた。


「いや、体調悪いなら、そっとしておいてあげよう。ミカ、トム先生への連絡の件、対応しておくから安心してくれ」


ジェスとクロードの足音が遠ざかると、ミカはほっとすると同時に気分が悪くなり、ベッドに倒れ込んだ。


「前世では、ほとんど風邪引いたこともなかったからなぁ·····。体調不良ってこんなに辛いんだなぁ·····」


倒れ込んだまま、ミカは気を失うように寝た。




再びノックの音がした時、あれからどれくらい時間が経ったのか一瞬ミカには分からなかった。


「クロードだ。大丈夫か?アニタさんがミカのために体調悪くても食べやすい食事を作ってくれたから、持ってきた。開けてくれないか?」


「わ!もうそんな時間?ドア開ける前に準備するから、ちょっと待って!」


「いや、体調悪い時に包帯を巻き付けたりしない方がいい·····そのままで大丈夫だ。悪いが他に誰もいない今のうちに、早く開けてくれ」


「わ、分かった!」


ミカが扉を開けると、トレーを持ったクロードが心配そうな顔で立っていた。

トレーの上に、鶏だしの美味しそうな香りの野菜とパスタの入ったスープと、レモンの入ったドリンクとおしぼりが置いてある。


「体調はどうだ、ミカ?まだ顔色悪いな·····ベッドで寝てた方がいい、ベッド上でご飯を食べよう」


クロードが、トレーを机に置きながら言った。


「うん。わざわざありがとう。アニタさんにもお礼を言っておいて」


ミカはお礼を言いながらベッドに戻ろうとした瞬間、グラリと目眩がしてよろけた。そんなミカをクロードが、さっと手を出して腰を支えてくれた。


「あ、ありがとう。ごめん。貧血かなぁ·····」


「無理して起こしてドアを開けさせてしまい、すまなかった。ジェスやキース、フィンが見舞いに来たがっていて、感染するからダメだとキツく言ってきた手前、部屋に入る所を見られる訳にはいかなかったんだ」


「クロードも伝染るかもしれないから、早く部屋を出た方がいいよ?」


「ミカが食べ終えたら食器を持って出ていく。それにトム先生いわく、恐らく感染症ではないとのことだ。ちなみに、トム先生はあともう暫くしたら、到着出来るとの話だ」


「何から何までありがとう。クロード。本当に助かったよ。·····じゃあ、あんまり食欲無いけど、貧血治さなくてはいけないし、せっかく作ってもらったから頂こうかな!··········ん。美味しい!さすがアニタさん。このチキンスープほどよく酸味があって、食欲無くても食べやすい。こっちのはちみつレモンジュースもすごく美味しい!」


ミカが美味しそうに食べてる様子を、クロードは優しく微笑んで眺めていた。

ミカは食べながら、クロードに尋ねた。


「そう言えば今日の1限目は馬術の授業だったよね?私が休んでしまったから、ティラノ号は運動出来てないよね?それにダルのお昼ご飯は大丈夫かな?」


「こんな時でも馬と使獣の心配か·····大丈夫だ。ホセに放牧を依頼しておいた。ミカの使獣の黒兎へのご飯は、先程ジェスに頼んでおいたから大丈夫だ」


「ありがとう!さすがクロード。気が利くなぁ。誰に対しても優しいし!」


「別に誰に対しても優しい訳ではない·····ミカに対してだけだ。そして、それは·····私がミカの事を好きだからだ·····」


クロードが、急に真摯な口調で言った。


ミカは、スープをむせながら返した。


「ごホッ·····え·····あ、ああ。ありがとう!人としてって事ね!私もクロードが好きだよ」


「いや、人としてではなく、恋愛対象としてミカの事が好きだ」


ミカはあまりの事態に、ただでさえ熱でぼんやりした頭が、ますます混乱した。

クロードのエメラルドグリーンの瞳にじっと見つめられて、ミカは鼓動が早くなるのを感じ狼狽えながら言った。


「·····えーっと。クロードはソフィアの事が好きなんじゃないの?」


「いや、私が好きなのは、生まれてから今までミカだけだ·····」


「生まれてからって·····会ったの、すごく最近だよ?」


「そうだな·····あの日、王宮で会ってから気になりだした。·····ミカエルだと思っていたから、男性を好きになってしまったことに自分でも戸惑っていた。·····だが、先日ミカが女性と判明したから、もう躊躇はしない事にした」


「いやいや!待って!見た目はミッシェルだから巨乳で可愛いかも知れないけど、中身の私は谷間とは無縁の色気のない女だからね?それにクロードより10歳も年上のオバサンだよ?!」


「見た目は関係ない。私は中身に惚れたんだ。もし中身が40代の男性でも、私は惚れただろう··········すまない。言いすぎた。男性だと、ちょっと諦めたかもしれない。女性であってくれて本当に安堵したから·····とにかく、見た目は関係ない!」


「ちょっ、ちょっと待って!さては、これ、また夢オチってやつだな」


「夢と思うということは、ミカも私の事を好きだということか?」


「·····す、好きとかよく分からなくて」


「手っ取り早く分かる方法がある」


クロードは、おもむろにミカが食べ終えたトレーを机に片付けた。そして、クロードはベッドに腰をかけて、右手でミカの顎をクイッと持ち上げて顔を近づけて言った。


「このままキスしたいと思うか否かだ。生理的に無理なら嫌いなのだろう。このままキスしたいと思うのなら、ミカは私の事を好きだという事だ。·····どうだ?」


真剣な表情のクロードの整った顔が間近に近づき、ミカはカラダの熱が上がり、頭の中が真っ白になった。


「なっ!?·····ちょっ、ちょっと待って!!病気が伝染るから、今はダメだって!!」


「ということは、病気が治ればキスしても良いということか?」


「んな!·····ど、どうしたの?クロードいつもと違うよ?何かあったの?」


「そうだな·····すまない。体調悪い時に言うことではなかったな。·····ミカが思いの外弱っていて、このままもしミカが体調不良で亡くなるような事があったら·····と思ったら、思いを伝えたくなった。知らぬ間にキースやフィンというライバルも増えていたし、焦ったのもある·····ん?誰か来た足音がするな」


顔を赤らめながら苦しげな表情でクロードがそう言ったのと同時に、部屋がノックされ、トム先生の声が聞こえた。


「遅くなってすまなかったね。扉を開けてもらえるかい?」


クロードが扉を開けると、トム先生は非常に驚いた顔をした。


「これは王子!何故ここに·····えーっと」


「大丈夫です。全ての事情はミッシェルから聞いていますから。秘密は守ります。安心してください。それでは、私は失礼します」


クロードはそう言ってミカが食べ終えた食器のトレーを持って、立ち去って行った。

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