負のエネルギー

決闘に負けたフィンはうなだれたまま、闘技場の隅に剣を拾いに行くと、そのままそこでしゃがみ込んで動かなくなってしまった。


「では、第2試合を始める、クロード様とキース君はこちらへ!」


ウェイド先生の声に、クロードが剣を持って立ち上がった。

一礼し、試合を始めると、クロードは勢いよく打ち込んだ。キースは辛うじて受けたが、クロードの方が技術は上のようだ。


「おーおー!クロ珍しく、果敢に攻め込む戦い方だな。キースに何か、恨みでもあんのか?」


汗を拭きながらジェスが、ミカの隣にきた。


「ジェス。お疲れ様!ジェスは、カッコイイな!」


「お!俺の魅力にようやく気づいたか!この赤髪の短髪が渋いだろ!」


ジェスが口元に手をやり、キラーンと格好つけた。


「ちがうちがう!見た目というか、中味がだよ!1番になることに、こだわらない所とか、悟られることなく相手を気遣える所とかだよ。さっきのフィンに対しても、謝る機会を与えてあげるために敢えて、あーゆう勝ち方をしたんだろ?」


「あー、なんかそういうのバレると恥ずいな!フィンも悪い奴ではねぇんだよ。まあ、正直、母さんを侮辱されたのは少しイラッとしたけどな。親世代の悪口聞いて育つから、ついあーいう単語が出てしまうんだよなぁ。·····まったく、困ったもんだぜ」


ジェスがおどけた口調で明るく言った。ミカはフィンがしゃがみ込んで動かなくなってるのを見て心配そうにつぶやいた。


「フィンしゃがみ込んだままだけど、大丈夫かな?ちょっと様子、見てくる!」


ミカが近寄ると、フィンがしゃがみ込んで俯いたまま、ブツブツ言ってるのが聞こえてきた。


「あー、失敗した·····失言したし。·····もう終わりだ。·····死にたい。死にたい」


「フィン、大丈夫?」


「ミ、ミカエル!負けたボクを嘲笑いにきたのか?失敗したよ。もう終わりだ。死にたい·····」


「フィン。心配して、来ただけだよ」


「中等科剣術1番のミカエルには、ボクの気持ちは分からないだろう·····」


「負けた辛さ、失敗、失言後の辛さは分かるよ····。私も昔、試合で負けたり、失敗する度に悔しくて自分が恥ずかしくて、消えたくなる気持ちになってたよ」


「あんなに強いミカエルでもか?」


「そりゃ、そうだよ。この世に失敗しない人なんていないからね」


「そういえば、そうか·····」


「私も失敗する度にウジウジ落ち込んでたら、祖父に『失敗なんてものはない、あるのは出来事だけだ。その出来事を活かして良い経験にするか、落ち込むだけで無駄な経験にするかはお前次第だ。悔しかったら、その出来事を自分をよく知るための良い経験に変えてみろ。落ち込むにもエネルギーが必要なのだから、負のエネルギーばかり使っていたら勿体ないぞ』って言われて」


「負のエネルギー·····」


「確かに、悔しい出来事があって、激しく落ち込むと、酷く疲れるよね。エネルギー使ってるんだろうなって感じるよ」


「確かに·····ボクお腹空いた·····。甘いもの食べたい·····」


フィンが小さい子供のように言った。ミカはポケットに朝、ホセにもらったフィナンシェがあるのを思い出し、フィンにこっそり差し出した。


「これ·····本当は闘技場で食事は禁止だろうけど。ウェイド先生もクロードとキースの試合に夢中だから·····今のうちにこっそり食べちゃえ」


「いいのか!·····美味しい!!生き返る!!死なないで良かった!」


フィンが小動物のようにはむはむとフィナンシェを食べる様子が可愛らしくて、ミカはクスッと笑った。

フィンは食べ終えて落ち着いたのか、冷静な口調で言った。


「出来事を自分をよく知るための良い経験に変えるって·····具体的にはどういうことだ?」


「うーん。例えば、フィンは今何に1番、後悔してるの?」


「ジェスに酷いこと言ってしまった事だな·····。試合に負けたことより自分が恥ずかしい·····」


「酷いこと言ってしまった原因は?」


「まともに相手にされてないから、カッとなって相手が嫌がることを言ってしまった。·····カッとなってしまった自分の気の短さ?器の小ささ?配慮のなさ?」


「まずは、自分にそういう面があることを認めること·····そして、その対策を立てることだね」


「腹を立てないようにすること、よく考えてから言葉を発することとか?」


「そうだね。より、日々振り返れる内容の方がいいかな?私も気が短くて怒りっぽい点があるから、『頭にきたら深呼吸して5秒数える』、『相手の言動に怒りを覚えたら相手を観察して、なんでその人はそういう行動をとるのか相手の立場で1度考えてみる』様にはしてる。まあ、私も未熟だから3回に1回は失敗するけどね」


「そうか·····ミカエルはすごいな!すっかり冷静になった。ボクでもさっきの出来事を良い経験に変えられそうな気がしてきたよ!よし、ジェスに、もう一度謝りに行こうっと!フィナンシェありがとう!すげー美味かった!·····っと、第2試合らクロードの勝利で終わったみたいだ!次はジェスとクロードの試合か!」


ミカが振り返ると、早速第3試合が始まろうとしていた。

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