王子の大胆発言!

1限目は歴史の授業だった。

教科書の内容としては、近現代から古い方へ遡って行く作りである。

オリバー先生は淡々と、1ページ目から順に歴史の教科書を読み上げる。

「·····であるからして、イーサン国王の偉大なご決断により、野蛮な一族である海の民を征服し、この国の進んだ制度を導入しようとしたわけである·····」


教科書の最初の内容は、ミカがちょうど知りたいと考えていた、サムグレース王国と海の民との戦争についてだった。

教科書は無駄に国王を讃える文章ばかりだったが、要は野蛮な海の民を、国の一員に迎えようとしたが断られたので戦争したという内容だった。


(ホセ君やアニタさんを見るかぎり海の民が野蛮とはとても思えない。むしろ穏やかな印象だ。憑依型使獣は確かに脅威だろうけど。·····きっとこの戦争の本意は別のところにあるな。それにしても、イーサン王の戦の仕方は酷いな。戦死した海の民の首を何百と切って相手の拠点に投げ入れたり、女子供を捕虜として捕まえたり·····相手の戦意を消失させるための名案と教科書には讃えて書いてあるが、怒りと怨みを残すだけだ。·····この捕虜として捕まったのが、ホセ君やアニタさんなんだろうな。)


ミカが、そんなことを考えながら教科書をパラパラめくっていると、オリバー先生が急に大きなため息をついた。


「ふーっ·····教師という立場で、この教科書の内容を伝えるのは、なかなかしんどいな。·····クロード君この教科書の内容を読みどう思ったかね?」


「事実と乖離した内容ですね。海の民は決して野蛮ではありませんし·····イーサン王が戦争を仕掛けた本当の理由は、海の黒ダイヤを手に入れたかったからです。内政が上手くいっておらず、国の資金繰りの悪化により、手っ取り早く外から奪おうと短慮な判断をしたのでしょう。また、内政が上手くいっていないことにより生じた国民の不満を、敵を作ることで、外に向けさせようとしたとも考えられます。戦の無駄に残酷なやり方は、イーサン王の趣味ですね。未来に禍根を残す、愚策でしかないです」


スラスラと話すクロードの話の内容に一瞬、教室中が静まり返った。

オリバー先生が突然、大声で笑いだした。後遺症で表情筋は一切動いていないが、心から愉快そうな笑い声だ。


「わははははははっ·····はー、クロード君。よくぞあの王の元で、聡明な王子に育ってくださった。私が王宮を去る時、心配してたことは杞憂に終わったようだ。·····この王子に仕えられる君たちを羨ましく思うぞ。·····ミカエル君。君はこの国を、どういう国にしたいと考えてるかね?」


「え!私ですか?えっと·····頑張った人が報われる国·····とかですかね?」


「ふむ。なかなか良い答えだ。ジェス君はどうだ?」


「俺は·····差別のない国だな」


「ほー。ゲオルギ様の息子らしい、良い答えだ。君達が作る国を見てみたいものだが、その頃には、もう儂は死んどるだろうな。·····この教科書の近現代の歴史は嘘ばかり書かれているから、正直君たちの為にはならん内容だ。なので、次回は初代国王シルバー・トラケナーの所から進めようと思う。·····ちなみに、分かっているとは思うが、儂やクロード君の発言を、他言されたら、下手したら儂やクロード君は死刑になるからな。君達を信頼してるからこそ、クロード君も儂も本心で語った。そこをゆめゆめ忘れないでくれな。·····おっと、チャイムが鳴ったな。いやー、こんなに愉快な授業は久しぶりだな」


オリバー先生は無表情だが、心から楽しそうな足どりで教室を出て行った。


「はー。まさか、歴史の授業で当てられるとは思わなかったぜ!·····っと、次の授業は剣術か!闘技場に男子は移動しなくてはな!」


ジェスが、伸びをしながら言った。

ミカは教科書をしまいながら応答した。


「女子は、剣術の授業を受けないのか?」


「今更、何言ってんだ?男子が剣術の授業中は、いつも女子はベビーシッターだろ?女子はそのうち母親になるからなー」


「女子がそのうち母親になるなら、男子はそのうち父親になるんだから、一緒にベビーシッターやればいいのに。·····この国の産婦人科の技術整ってなさそうだから、出産時に亡くなる母親が多そうだし。私は男子もベビーシッターを、学んでおいた方がいいと思うけどな」


ミカの発言に、隣の席のキースが頷いた。


「ミカエルの発言に同感だな。この国では出産時に母親をフォローする体制が整っていない。私は国政にかかわれたら、そこら辺を整えたいと考えている。そして、ベビーシッターは男子もやっておいた方がいいと、私も思う。母が亡くなってから、私は産まれたばかりの妹の世話をすることになったが、初めは勝手が分からず酷く苦労した覚えがある」


闘技場に移動しながら、ミカはキースに話しかけた。


「キースの妹さんは今、いくつなの?」


「もうすぐ、2歳半だ。ハンナ・フェレと言う」


「ハンナか!可愛い名前だね!2歳半だと、イヤイヤ期が大変だろうねー」


「本当に·····言葉が半分通じない子供相手に、ご飯を完食させることすらも、ひと苦労する」


「お疲れ様·····でも、その位の女の子ってめちゃくちゃ可愛いだろうなー!」


「めちゃくちゃ可愛いぞ。最近、私が考え事して難しい顔をしていると、ハンナがよしよしと頭を撫でてくれるんだ。·····本当に優しい子に育ってくれた。·····ハンナが大きくなるまでには、出産時のフォロー体制を整えたいと考えている」


「キースが大切に育ててるから、ハンナも優しい子に育ってるんだろうね。今って、出産時のフォローって、どうなってるの?」


「ほぼ母親1人の頑張りに任せ、祖母が手伝う程度だ。他の者は、知ってのとおり出産時に来る使獣の迎え入れの儀式にかかりきりになるからな。·····だから、難産だと私の母や、ミカエルの母上のように、かなりの確率で死亡する。私の母の時は、医者があと少し早く来ていたら助かったかもしれない·····。あの場にもう少し人手があればと、今でも悔やんでいる·····」


キースは本当に苦しそうな顔をした。


(·····きっとこういう顔をしてる時に、妹のハンナがなでなでしてくれるのだろうな·····。)


ミカはそんな事を考えながら、キースと並んで闘技場に向かい歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る