もう1人の側近

とうとう入学の日がやってきた。

馬車から降り立ち、ミカは王宮を少し小さくしたかのような、想像以上に豪華な作りの学園に圧倒された。


入学初日のスケジュールは、各自の寮の自室を整理した後、教室でオリエンテーションが始まる予定となっていた。

男子寮の作りは、1階に食堂・客間・理美容室・トレーニングルームがあり、2階・3階に各自の部屋と、数箇所の談話室がある。

ミカは寮の自室に入り安堵した。


「良かった。トム先生が手紙で教えてくれた通り、部屋にトイレとシャワー室がついている·····」


「良かったウサな。ミカは寮生活の1番の不安は、風呂だといってたウサ。お、僕用の寝床も用意してあるウサ!フカフカ!だけどちょっと小さいから、今後もミカのベッドで寝るウサ」


「えー!ダルにまた、ベッドを占領されるのかー。ダルを潰してしまいそうで怖くて、寝返りをうてないから、よく寝違えるんだよなぁ」


部屋は少し高級なホテルの様な造りで、ベッドとクローゼットと戸棚と、立派な勉強机が置いてあった。机の上にこれから使うことになる教科書が積んである。

持ってきた数着のシンプルな服をクローゼットに片付け、荷物の整理をし、教科書をパラパラめくっていると部屋をノックされた。


「おい!ミカ坊!出てこいよ!クロード王子が話したいことがあるそうだ!談話室で、待っててもらってるから、早く行くぞ!」


「この声は、ジェス・ドーベルだウサ!ミカエルはああ呼ばれるのが大っ嫌いで、いつも『ミカ坊ではない、ミカエルだっ!』って返していたウサ」


ミカはジェス・ドーベルの名前が攻略本に載っていたのを思い出し、記憶から情報を引っ張り出した。



【ジェス・ドーベル】

・赤髪短髪のガタイの良い、スポーツマン風の青年。

・彼もクロード王子の側近だ。王子には2人側近がいるのだ。

・彼の父親ゲオルギ・ドーベルも王の側近だ。代々、王の側近は2人いて『王の耳』のラビ家と、『王の鼻』のドーベル家の当主がなる決まりらしい。

・父親が大恋愛の末、平民出身の母親と結婚した経緯もあってか、身分をあまり気にせず人と接するので、平民の友人も多くいる。

・裏表ない明るい性格で、思ったことをすぐ口に出す。

・使獣は黒い猟犬で、その力は『匂いで人の考えを察知する』というもので、『王の鼻』として暗殺を察知したり、偽りを暴く時につかわれるという。



(·····彼の使獣の力は厄介だな。·····でも、力は何かない限り滅多に使わないだろうから、大丈夫だろう·····。)


ミカがそんなことを考えながら部屋の扉を開けると、予想以上に背の高い、赤髪の爽やかな青年が立っていた。とても鍛えていることが分かる体つきをしている。足元には毛並みの良い凛々しいドーベルマンがお座りしている。


「ミカ坊ではない、ミカエルだ。今行く。おいで、ダルも行こう」


「お!いつものビラビラした服や、厚底靴はやめたんだな!」


「ああ、何かあった時に動きにくいからな·····」


「ああ、親父さんの件と妹さんの件は本当に残念だったな·····。何かパッと見た瞬間、服装だけでなく全体的な雰囲気の変わったなぁ、と感じたが·····まぁ、そうだよな。大変な目に遭った後だもんな·····」


ミカはジェスの言葉に内心、冷や汗かきつつも、神妙な顔を装い頷いていると、談話室に到着した。

クロード王子のハッとするような美少年ぶりは健在だ。群青色の服が金髪に映えてて、思わず見とれてしまう。黒鷲は、王子の肩にとまり悠然と羽づくろいをしている。


「お久しぶりです。クロード王子。先日はありがとうございました」


「呼び立てるような真似をして、申し訳なかったな、ミカエル。ジェスには自分でミカエルに逢いに行くと言ったんだが·····」


「いやいや、あんたは王子なんだから、いくら俺でも、そんなことさせられないよ」


「ジェス、そのことなんだ。2人にお願いしたいのは。私のことを、この学園にいる間だけでも、王子ではなく同級生の友人として扱って貰う訳にはいかないだろうか?」


ミカが何と答えるべきか迷っていると、ジェスがあっさり了解した。


「なんだ!お願いがあるって、そういうことか!いいぜ!んじゃ、今度からクロード王子ではなく、クロって呼ぶからな!」


「分かった。そう呼んでくれ、ジェス」


「ええ!良いんですか!?いやいや!流石にクロは略しすぎだと思うので、私はクロードって呼ばせてもらいますよ!」


「うん。ミカエルも無理のない範囲でいいぞ」


「それにしてもクロ!お前の親父、酷すぎだろ!親をなくしたばかりのミカ坊に対して酷い事を言ってたって、俺の親父から聞いたぞ」


「ああ、あの件は私も本当に申し訳なかったと思っている····」


しゅんとしてしまったクロードをみて、あわててミカは言った。


「あの件はクロードは一切悪くないし!むしろ助けて貰ったから!それに、確かに国王の言葉には傷ついたが、同調する周りの貴族達の笑い声にもかなり傷ついたぞ。あまり冷静に周りを見れていなかったが、あの場にジェスの父親もいたのか?」


「ああ、俺の親父もいたよ。親父もジェームズのおっちゃんとは仲良かったみたいだから、ミカ坊と同じくらい国王と貴族どもに腹立ててたと思うぜ·····。それにしても、この国は碌でもない貴族が多すぎるよな!ちゃんと仕事してるのは2割くらいで、あとの8割はどうしようもない奴らばかりだって聞くぜ!」


憤るジェスに、クロードも頷きながら静かに言った。


「そうだな·····貴族の10人に1人は不正も働いてるようだしな·····。だか、イーサン王は民に被害があっても、自分の役に立っている貴族については、よっぽどの事がない限り不正を見ても見ないふりして、正そうとしない」


「ちゃんと仕事してる2割の貴族以外、全員一掃して良いんじゃねぇかって、俺は思うね!」


「働きアリの法則·····」


クロードとジェスの話を聞きながら頭に浮かんだ単語が、思わず口から出てしまいミカは焦った。


「働きアリの法則?ミカ坊、何言ってんだ?」


「あー·····いや。昔、本で読んだ話を思い出して。·····アリって、トップに女王アリが君臨していて、その下に働きアリが大量にいて餌を集めたりする組織なんだけど、実はその働きアリの中でちゃんと仕事してるのは2割しかいないと言われているんだ。残りの6割は仕事するフリをしていて、最後の2割はサボっているらしい」


「この国の貴族の構図と、一緒じゃねぇか!」


「そうなんだよ。·····で、ジェスが言ってたように、働きアリのうち、ちゃんと仕事してる2割だけにすると、どうなるかというと·····」


「どうなるんだ!ミカ坊、勿体ぶらず早く言え!」


「そのちゃんと働くアリだけの組織にすると、その中でも2:6:2の法則が出来上がるんだ。逆に怠けてる2割だけの組織にすると、今度はその中でも働くアリが出てきて、また2:6:2の構図が出来上がる。どんな組織の中でも、2割が優秀で6割が普通で2割が怠けるという構図が出来上がることを、働きアリの法則というんだけど·····」


「そんな話、初耳だぜ!ミカ坊!クロは知ってたか?」


「私も初めて聞いた。·····その話では、仕事をサボるものは放置するしかないのか?」


「いや、私はサボるものや不正をするものを正すのはむしろ大切だと思う。どんな組織でも、2:6:2の傾向になることを頭に置き、なるべく怠ける2割が悪化したり、優秀な2割に負担が多くなりすぎてしまわないよう注意しなくてはいけない。だからこそ信賞必罰を明確にすることや、成果の管理をすることが大事だと私は考えている·····」


思わず熱く語ってしまった事にミカが後悔しはじめていると、ちょうど校内アナウンスが流れ、新入学生のオリエンテーションが始まるので、急ぎ教室に集合するように指示があった。


「おっと、もう時間か!それにしても、ミカ坊は博識だったんだな!ただの貴族の坊っちゃんと侮ってて悪かったな!今後はミカ坊じゃなくて、ミカって呼ばせてもらうぜ!んじゃ、遅れないうちに行こうぜ!俺は走るぜ、クロ!ミカ!」


「面白い話をありがとう。私も今後はミカと呼ばせてもらってもいいか?」


「いいよ!クロード、私たちも走った方がいいかな?」


「そうだな!私たちも走ろう!ミカ!」


思わぬ形で前世の名前で呼ばれることになった事にミカは驚きつつ、教室へ走った。

クロードに名前を呼ばれるとなぜか、鼓動が早くなったが、胸が高鳴るのは走っているせいだとミカは自分を納得させたのだった。

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