冷酷王子クロード

それから数日たち、ミカエルとして筋トレ・走り込み・剣の稽古を行う毎日にようやく体が慣れてきた頃、王子から至急会いに王宮へ来るようにとの連絡が来た。


急ぎ身支度を整えながら、ミカはダルに話しかけた。


「まさか、ミカエルが王子の側近になる予定の子だったなんてなぁ·····」


「ミカエルが側近になるのは、高等学校入学以降の予定だったウサ。それまでは数ヶ月に1回、顔をあわして世間話をする程度だったから、そこまでお互いをよく知ってる訳では無いから多分バレないと思うウサ。僕はついていけないから1人で頑張るウサ」


「え!ダルは来れないの?」


「王宮へは王へ忠誠を誓った、王に仕える貴族しか使獣を連れて行けない決まりウサ」


「そうなのか·····マズイな。攻略本の人物紹介欄に載ってなかった人は、顔と名前が全く分からない。王宮に知り合いは、王子以外にもいるはずだよね」


「まあ、ミカエルはそんなに社交的なタイプではなかったから、大丈夫ウサ。いざとなったら事故で記憶が飛んだとか言えばいいウサ。ジェームズを狙った暗殺犯も王宮にいる可能性が高いから、気をつけるウサ」


「そうだね。·····なんとか上手く切り抜けてくるよ。じゃあ、行ってくる!」


ミカは馬車に乗り込み、攻略本にあった王子の紹介欄の詳細を思い起こした。


王子の名前はクロード・イグル。

サムグレース王国の、唯一の王子だ。

攻略本には金髪の美少年が描かれていた。

絶世の美女だった母親のメアリ王妃は、クロードが7歳の時に亡くなり、それ以来なぜか王から冷遇されていたと記載があった。

そういった生い立ちもあり、笑わない青年になったとか·····。

あとは、使獣の黒鷲はグラという名前で、クロードはとても大事にしてる·····くらいの情報だったな。

別紙で詳細が記載されてるとあったが、そこまで読まなかったから分かる情報はここまでだ。


(それにしても、他に好きな人が出来て、その人に意地悪されたからって婚約者を死刑にするのは、ちょっと異常だと思う。正直クロード王子には極力関わりたくなかったから、ただの貴族の坊っちゃんのミカエルに男装したのに·····。まさか、ミカエルが王子の側近になる予定だったとは·····。知らなかったとはいえ、私も迂闊だったな。例えばクロード王子が、ジェームズ達を暗殺した黒幕である可能性はないのだろうか?ラビ家に何か恨みがあって一族を根絶やしにしたかったから、海の事故で殺し損ねたミッシェルを理由をつけて死刑にしたとか·····)


ミカがそんな考えにふけっていると、なんとも豪勢な造りの王宮へ遂に到着してしまった。

侍女に王子の部屋へ案内されたミカは、深呼吸してからノックをした。そして、入室許可の返事を待ち、重たい扉を押して部屋に入った。部屋の中は、シンプルな本棚な机などの家具があるだけで、意外と質素だった。


黒鷲を腕にのせ、窓際に立つ少年を見て、ミカは思わず息を呑んだ。

あまりにも綺麗だったからだ。

挿絵で見ていたが、本物のクロード王子は別格だった。

窓からの光を浴びてキラキラと輝く髪に、金色の長いまつ毛にエメラルドグリーンの瞳。完璧なバランスで配置された顔立ちと、頑丈そうだがスラッとした背格好に思わず見とれてしまった。


「ミカエル。今回の事故の件は、大変だったな。お悔やみ申し上げる。急に呼び出して悪かったが、急ぎ伝えておきたいことがあって·····」


淡々と王子が話し出した時に、バターン!と大きな音がして扉が開かれ、50代くらいの無精髭を生やした男性が、ズカズカと入室してきた。その後をチョコチョコと可愛いフェレットが入ってきた。


「おい!ジェームズの倅はいるか!ここに来ている話がイーサン王の耳に入り、ジェームズの倅にすぐ謁見の間に来させるようにとの伝達があった!あ、お前だな!早く来い!」


(ノックもせず入室してくるとは、無礼だな。それともクロード王子が軽んじられてるだけか?それにしても、この無骨な人の使獣はフェレットなのか·····似合わないな)


ミカがそんなことを考えていると、その男性にむんずと腕を掴まれてしまった。ミカがその手を払い除けて良いものか迷っていると、クロード王子が口を開いた。


「·····私も一緒に謁見の間に行こう。逃げやしないから、その腕を離してやってくれ、ジルバート卿」


引っ立てられるように、ミカは王子と共に謁見の間に連れてこられた。

謁見の間は金細工が施された、派手な造りのホールだった。

貴族と思われる格好の男性が10数名立ち並び、真ん中の椅子に王冠を被った精悍な男性が座っていた。椅子の手すりには大きな黒鷲がとまっている。この人がイーサン王だろう。クロード王子の父親だけあって金髪の美形だが、オーラが禍々しい。

イーサン王が口を開いた。


「お前が、ジェームズの息子か」


「はい。ミカエルと申します」


「今回の事故の件·····非常に迷惑している」


「·····え」

事故のお悔やみの言葉が続くかと思ってたので、 イーサン王からの思わぬ言葉にミカは一瞬混乱した。


「『王の耳』に居なくなられて迷惑していると言っているんだ!まったくジェームズも戦場で死ぬならまだしも、墓参りで船上で死ぬなんてとんだお笑い草だな!なぁ皆もそう思わないか!フッハハハ!」


周りの貴族達からも嘲り笑いがとまらず、しばらくホール中は醜い笑い声に包まれた。

ミカは腹の底から怒りが湧いてくるのを止められなかった。死者を冒涜する内容にも勿論だが、父親を亡くしたばかりの16歳の子供の前でこんな話をする神経に、心底腹が立った。


「だが、ラビ家の名誉回復の機会をお前にやろう、ミカエル。『王の耳』として私に仕えさせてやろう。ジェームズの前のラビ家当主はもうボケて使い物にならんと聞くし、やむを得まい」


(どうしよう·····こんな王に仕えるのは絶対御免だが、断ったら死刑になるのだろうか)


ミカが答えに窮していると、横からクロード王子が言った。


「恐れながら申し上げます国王陛下。私はこの者を、よく知っておりますが、国王のお役に立てる者では、まだございません。逆にお側に置くことはご迷惑になることと存じます。来月より高等学校に入学して鍛えられる予定ですので、卒業後までお待ちいただけないでしょうか?」


「なんだ、いたのかクロード。お前をここに呼んだ覚えはないぞ。·····だが、なんだ、まだ学校も出てない若僧だったのか。確かに足手まといになられても困る。卒業まで待ってやろう。下がっていいぞ。·····そういえば、北の大国の動きはどうだったか報告しろ、ジルバート」


イーサン王の関心が別に移った隙に、クロード王子とミカエルは退室した。


2人で王子の部屋に戻ると、クロード王子はようやく口を開いた。


「申し訳なかった。·····君のことを役立たず呼ばわりしてしまったが、あれは本心ではない。君が断りたそうに見えたから、助けになればと思ったのだが······違ったか?」


「いえいえ!どう断ればいいか分からなかったので、本当に助かりました。救っていただきありがとうございました、クロード王子!」


「そうか·····王が君の父親を侮辱したことも深く謝罪する。さぞかし傷つけただろう·····」


「いえいえ。大丈夫です!お気遣い有難うございます。それに、クロード王子が謝罪することではありませんよ!」


「いや·····だが·····私の親が、君を傷つけた訳だし」


「私を育ててくれた人が『親の言動に子供は一切責任を負う必要はない』と昔、言っておりました」


「そうか·····そんな考え方もあるのだな」


その言葉にクロード王子の伏し目がちだった暗い瞳に、光が差し込んだように見えた。エメラルドグリーンが煌めき、とても綺麗だ。


「ミカエルは、なんだか感じが変わったな」


「え。あ、いやぁ、死にかけて人生観変わったせいですかねぇ。·····ハハハッ」


「そうか·····大変な目にあったのに、君は強いな。今のミカエルを見ていると、君を育ててくれた人はとても立派な人だったのだろうと感じるよ」


クロード王子の優しい言葉に、胸に込み上げるものがあった。自分を育ててくれた前世の祖父母まで褒められたようで嬉しく、荒れていた心が洗われたように穏やかになった。


「勿体ないお言葉、恐れ入ります」


(この王子はあの王の元で育ったとは思えないほど、感謝と尊敬の心を持っている。本当にこの人がミッシェルを死刑にするのだろうか?)


「今聞くべきことではないと重々承知の上で、失礼なことをお聞きしますが·····クロード王子はミッシェルの事をどうお思いでしたか?」


「そうだな·····死んだ方にこんなこと言うのは大変失礼だが·····本音を言うと、苦手だった。ただミッシェルがというより、庭園のバラのように大切に育てられたご令嬢が全般的に苦手だ。恐らく自殺した私の母親と被るせいだろう」


「王妃様は自殺だったのですか!?」


「そうだ·····国王からは私のせいで母は死んだのだと責められ、母の死後からずっと疎まれるようになってしまった。だが、雰囲気が似てるからといって、ミッシェルを遠ざけてしまい悲しい思いをさせてしまっていたのなら、本当に申し訳なかったと思う」


「いえいえ。失礼な事を聞いたのに丁寧に答えて下さり有難うございます。ミッシェルも庭園のバラに喩えて頂けて光栄だと思います。·····そういえば、今日お呼びいただいたご要件をまだ伺ってませんでした。すっかり失念しており、失礼致しました」


「そうだったな。実は王がミカエルを『王の耳』として仕えさせようと考えてる噂をきき、君も急に言われても困るだろうから、事前に対策を錬れればと思い呼んだのだ。封書は検閲されるから、詳細を伝えずに急に招いて悪かった。·····こんなに早く、君を招いたことがバレて呼び出されるとは思わなかったよ。私の考えが甘かった」


「いえいえ。ご配慮本当に有難うございました。同席いただけて救われました。下手したら死罪になってた気がしますもん」


その時、ノックがして侍女が食事の用意が出来たことを告げた。「ミカエル様の分も用意しますか?」と聞かれたので、慌ててもう帰宅する旨を告げた。これ以上、王宮に長居するのは色々な面で危険だと思ったからだ。


クロード王子に別れの挨拶をし、王宮を出ると綺麗なグラデーションの夕焼け空が広がっていた。

屋敷に向かう馬車に乗り込み、ミカは今日の出来事について考えた。


(クロード王子は一見恵まれて見えるが、本当に過酷な状況で育ったのだな·····。まだ7歳の頃から母親の死の責任を問われ、王に疎まれ、貴族には軽んじられてきたのだから。それなのに彼にはあの年齢で人を思いやり、尊敬する心がある。自分が恥ずかしくなるな。私は前世の年齢からして彼より10歳近く年上のはずだし、恵まれた環境で育っているのに·····心の本質的な部分は彼より劣っている気さえする。まだまだ修行不足だな·····)


王子に会った日以降、ミカは今までより一層、気合いの入ったトレーニングを行った。

お陰で、入学までには腹筋も割れ、腕も一回り太くなり、ダルから「どっからどう見ても男にしか見えないウサ」とお墨付きを貰うまでになったのだった。

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