ヒロイン登場
翌日から早速、ミカは筋トレと走り込みをはじめたが、ミッシェルの体はすぐ疲労困憊になってしまった。
「ここまで体力がないとは·····」
「ミッシェルは本より重いもの持ったことないウサ。走った事もほとんどないウサ」
「このまま急にトレーニングを増やすのは、体に負荷がかかりすぎて逆効果だな·····。もうちょっと緩やかにトレーニング量を増やそう。さて、空いた時間にこの国のことを勉強でもしようかな。歴史の教科書とかあればいいんだけど·····」
だが、ミカエルの部屋を探しても、教科書が1冊も無かった。
代わりに大量のファッション誌、『貴族の最新ファッション』『背を高く見せる着方』『オトナの男に見える服』などが出てきた。自分で書いたと思われるミカエルのサイン入りのデザイン画まで残っていた。服のセンスはパリコレ的であまり理解出来なかったが、デザイン画の絵はとても上手だ。
ミカエルは服が好きだったのだろう。確かにクローゼットの中には大量のビラビラした服と、厚底の靴があった。どうやら身長が低いことを気にしていたようだ。
ダルいわく、ミカエルは男性にしては小柄なことを気にしており、ミッシェルは女性にしては大柄なことにコンプレックスを感じていたらしい。
隣のミッシェルの部屋もこっそり覗いてみたが、彼女の部屋も教科書は1冊もなかった。
代わりに大量の恋愛小説の文庫本がでてきた。『王子は貴族のお姫様に夢中!』『10人の求婚者とお姫様!』だの、あらすじをみる限り、何の変哲もない貴族のお姫様が皆からチヤホヤされ最終的に王子と結ばれる話のようだ。
「思い出したウサ。そういえば、中等科卒業した日に2人で、ここの庭で教科書を燃やして高笑いしてたウサ」
「教科書を燃やすって·····どんだけ勉強嫌いだったんだ2人は·····」
「ミッシェルもミカエルも貴族中等科では成績ビリだったウサ」
「そんなにか·····」
ジェームズの部屋もこっそり入ろうとしたが、鍵がかかっていて入れなかった。
ミカはやむを得ず、サーシャお祖母様にこの国の歴史について勉強したいという話をした所、泣いて喜ばれた。
取り急ぎ馬車で行ける貴族専用図書館と、近所の平民も行ける図書館の場所を教えてもらった。
どこの施設も使獣も一緒に入ることが出来ると聞いたので、ダルの散歩がてら歩いて行ける図書館に行くことにした。
閑散とした綺麗に整備された遊歩道を歩きながら、ダルがミカに話しかけた。
「あれが、図書館ウサ。馬車の窓からは眺めたことが何度かあったけど、中に入るのは初めてウサ」
「意外とこじんまりしてるね。それになんというか、随分と歴史ある雰囲気の図書館なんだね」
「平民の子も学べるようにと、初代国王の側近だった人が建てたと言われてるウサ」
「そうなんだ。でも全然、人影がなさそうだね」
「この時間帯は、平民の大人達は仕事だし、平民の子供も家の手伝いに追われて忙しいウサ」
「そうなんだ。·····本当に貴族は恵まれている環境なんだね」
ツタの葉が幾重にも絡まったレンガ造りの図書館の、木の扉には『どなたでもご自由にどうぞ!』と看板がかかっている。
キィと音を立て扉を開けると、落ち着く本の香りがした。
図書館の中は外観と打って変わって、とても整理されており、読書コーナーや幼児向けの絵本コーナーまで用意されていた。
カウンターには人の姿はないが、カウンター奥の部屋の少し空いた扉から、少女と男性の声が漏れ聞こえてきた。
「·····だから、お父さんは心配しすぎだって!」
「だって、貴族の子は試験もなく入学できるのに、平民の子だけ入学試験があるなんて·····」
「だから、それは平民中等科と貴族中等科の勉強の進み具合が違うから、その差を埋めるために試験があるんだってば。ほらここに、ちゃんと出題範囲も書いてくれてるし·····」
「どれどれ·····なんだこの『サインコサインタンジェント』って言うのは!何かの呪文か?こんなの父さんは1回も習ったことないぞ!こんなの、先生もいないのに学べるわけがない!」
「大丈夫よ。先生なら図書館内に沢山いるわ。本って先生みたいなものなのよ。お父さんも本を読めばいいのに。数学関連の本ってあまり読んでこなかったけど、意外と面白いわ。·····ほら、ここ読んでみて·····サインコサインタンジェントは三角関数のことなんだけど、レオンハルト・オイラーって人が·····」
「オイラーだか、ボイラーだか知らんが、父さんは亡くなったカミラ母さんに惚れ込んで婿に来ただけの家具職人だから、本読むのは苦手なのソフィアも知ってるだろう。·····平民は中等科だけで十分、仕事をやっていけるんだ」
「そうね、お父さんのお陰でこの図書館の本棚も机もとっても綺麗になったわ!お父さんの家具職人の技術も尊敬してるわ。·····お父さんが私の事を大切に思ってくれてるからこそ、心配してくれてることも分かってるわ。····でも、せっかく貴族高等科から入学案内が来たんだもの、チャレンジだけでもしちゃダメ?貴族高等科って本来は使獣の力を高める為に創られたって聞くし、私みたいに平民でも例外的に使獣がいる人は行くべきなのよ。私、ちゃんと使獣のルルの力を引き出してあげられるようになりたいの!」
「だが、貴族の中に1人で平民として行くんだぞ。お高くとまってる貴族どもに、絶対いじめられるぞ!」
「うぅ、それは確かに不安だけど。·····でも、亡くなったカミラ母さんも言ってたわ『迷ったら困難な方を選びなさい』って!ねぇ、お願い!今回チャレンジして無理だったらスッパリ諦めるから!」
「むむ、カミラ母さんの言葉を出されると弱るんだよなぁ。ソフィアはカミラ母さんに似て、変なところ頑固だからなぁ。·····分かったよ。やるだけやってみなさい」
「ありがとうお父さん!じゃあ、この同意書にサインしてね!」
「同意書って、こんなに大量に書くものなのか!?」
「試験の1週間前までに必着ってなってたから、今日の午後3時までには郵便屋さんに持って行って速達で出さなきゃいけないのよ!だから急いで書いてね!ヨロシクー!·····って、あら。やだ、お客さん来てる。この時間は、いつも誰もいないから、すっかり油断してたわ!ごめんなさいね。うるさかったかしら」
図書カウンターにピンク色のロングヘアの小柄な少女が、白猫を抱いて現れた。
ミカは、もれ聞こえてくる話の内容から、『もしや·····』とは思っていたが予想通りの少女が現れて、確信した。
攻略本に載っていた彼女の名前はソフィア・キティ。
このゲームの世界における主人公である。
ミカは彼女の、人物紹介情報を思い出していた。
読書が好きで、性格は明るく前向き、料理上手な家庭的な面もある。
ピンクの長い髪とタレ目が特徴の小柄な少女で、思わず守ってあげたくなる外見をしている。
この国では平民の中でも、稀に使獣を持つものが生まれる。彼女はその希少な一人で、使獣は白猫のルルだ。
白猫の使獣の力は『未来予知』でその力を引き出すのは、非常に難しいとされている。
キティ家は代々図書館の司書で、ソフィアの母親のカミラ・キティも司書だった。数年前にカミラは病気で亡くなり、代わりのように白猫のルルが現れたという。
初めは子猫に妙に懐かれて付いてくると思っていたソフィアだが、あるとき父親が高いところの家具を修理してる最中に、足を滑らせて怪我をする様子を『未来予知』の力で察知したことをきっかけに、ルルが使獣だと発覚する。(緊急時は『使獣よ我に力を』と唱えなくても、力を発動できることがあるようだ)
ルルの『未来予知』の力はそれ以来、1度も使えていないという。
そんなことをミカが思い返していると、ダルを発見したソフィアが青ざめた顔して、恐る恐る尋ねてきた。
「·····黒兎の使獣を連れてらっしゃるという事は·····ラビ家の貴族の方ですよね?·····先程の話、聞こえてしまっていましたか?」
「あぁ。少しだけは·····(本当はガッツリ丸聞こえだったけどね)」
「先程は貴族の方に対して、大変なご無礼な話を父がしました事、平に謝罪します!本当に申し訳ありません!」
(ああ、『お高く止まってる貴族ども』って発言のあたりのことか。この場合は嘘も方便かな)
「いえいえ!大丈夫ですよ!つい今しがた来たばかりで、同意書がどうのって話しか聞こえなかったですし·····それより、高等学校の受験をするんですね」
「·····やっぱり、平民のくせに高等学校目指すなんて図々しい奴だって、お感じになりますよね·····」
「いえいえ!逆です。その努力と勇気を尊敬します。本当に!私も来月入学予定なので、学校で会えること楽しみにしてますね。あ、同じ歳ってことはタメ口でいいよね?私はミカエル・ラビ。こっちの黒兎はダル。宜しくね!」
「ありがとうございます!!他の生徒の方にどう思われるのか、実はすごくすごーく不安だったので·····ミカエル様みたいな考えを持ってくださってる方が、1人でもいると分かって、本当に安心しました!これで心置き無く勉強に専念できます!本当に本当にありがとうございます!」
「そうだよね。不安だよね。あ、タメ口でいいんだよ」
「貴族の方に対して、それはちょっとまだ恐れ多くて·····徐々に慣れればと思うので、しばらくはお許しください。それはさておき、なにか本をお探しでいらしたのですよね。よかったら、ご案内しますよ」
「この国の歴史について調べたいんだけど·····」
「それでしたら、この棚のあたりの10数冊の本がその該当になります。·····よかったら、我が家に代々伝わる本·····この国に現存するのは1冊のみと言われている、初代国王の側近だったリカルド・キティの記録の書も持ってきますね」
「嬉しいけど·····そんな家宝みたいな大事なもの見せてもらってもいいの?」
「ええ。ミカエル様の先程の言葉は、私にとっては宝物貰ったみたいに本当に嬉しかったので、宝物をお返ししたいのです!」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてお借りするね。ここの読書コーナーで大事に見させてもらうね」
ミカは早速、10数冊の歴史の本を片っ端から読んでいった。
途中、隣の席にちょこんと座り、暇そうにしてるダルに気づき、ミカは家庭菜園の本を探してきてニンジンの育てかたのページを開いてあげた。ダルが食い入るように本を眺めだしたのを見て、クスリと笑ってミカは読書を再開した。
ミカの予想通り、書かれた時代により内容が大分異なっていた。その時代の国王の指示なのか、書いた人の忖度なのかは分からないが、その当時の権力者が1番素晴らしく見えるような書き方をされていた。
ただ1冊、ソフィアが持ってきてくれたリカルド・キティの本だけは、ありのままを記されているように感じた。
初代国王について他の本では神格化して書かれているが、リカルドの本によると、この国の初代国王シルバー・トラケナーは剣の腕は一流だが、無骨で不器用、志は崇高だが無口なので誤解されやすい、そんなタイプの人間だった。
その昔、この国は貴族の派閥ごとに複数に国が分かれており、貴族の家同士の領土争いが頻発していた。それをひとつの国に統一したのがシルバー・トラケナーだったという。
普通なら自分の領土をとられて貴族達は反発しそうなものだが、シルバーは統一した国の統治の重要な役職に、貴族達につかせることにより反発を抑え、最小限の争いで国家統一を果たした。
シルバーの人を見る目は確かで、その貴族の特性や特技を活かした、力を発揮しやすい役職を与えることで、国はみるみる発展した。
この頃から、貴族達は自分の領土を持たず、国全体の税金から勤務の対価の報酬を貰う形になった。
また、シルバーは奴隷制度の廃止、平民の学校設立にも尽力したという。
彼は差別意識が少なく、貴族・平民の生まれに関わらず、力のあるものは国政に関わるべきとさえ言っていたそうだ。
シルバーの使獣は馬だったが、この世に使獣が馬の貴族は現存しないという。なぜならトラケナー家の血筋は彼の代で途絶えたからだ。
シルバーはどんなに周りに勧められても「私が愛する女性は生涯であの人、1人だけだ」と言い、死ぬまで王妃を迎えなかったという。
シルバーは、「王になるものは血筋でなく、実力で決めて欲しい」と言いのこし、若くして亡くなったという。
側近だったリカルド・キティが後継者になるべきだという声も多かったらしいが、リカルドは「王位争いなんて面倒なものに巻き込まれるのはゴメンだわ」といい、使獣の白猫の契約を破棄し、貴族であることをやめて、この図書館司書として隠居したとある。
その後はリカルドの次の実力者だった、イグル家の当時の当主がこの国の王となる。
リカルド・ キティの手記以外、どの本にも「シルバー・トラケナーが神の力で国を統一し、『イグル家の血筋のみ王として認める』と言い残し消えた」と書いてあり、かなり歴史が改ざんされていることが分かる。
「ミカエル様。読書の途中に、ごめんなさい。そろそろ閉館の時間でして·····」
ソフィアが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ああ、長居してごめん。このリカルド・キティの本、とっても参考になったよ。内容からして貴族に見せるのは危険な内容なのに·····信頼してくれて有難う。絶対口外しないから安心して」
「ミカエル様ならそう言って下さると信じてました!私は人を見る目だけは自信があるのです!」
ソフィアはそう言って微笑んだ。笑うとエクボが出来るのがとても可愛らしい。
ソフィアに別れを告げ図書館を出ると、澄んだ淡い色の夕焼け空が広がっていた。
人の姿がなくシンとした遊歩道の帰り道を歩いていると、ダルが話しかけてきた。
「ミカエル本人だったら、ソフィアとあんな風に仲良くなんて絶対なれなかったウサ」
「ふーん。それはなんで?」
「ミカエルは異性を意識しすぎてるせいなのか、ミッシェル以外の女の子とは全然話そうとしないウサ」
「あー、自意識過剰なお年頃の男子には、よくあるパターンだね」
「ミカエルは図書館なんて絶対行かなかっただろうし·····ミカエルの振りは外見だけで大丈夫なのかウサ?もっと人前ではミカエルらしい行動はしなくていいのかウサ?」
「あー。私もそれは考えたけど、今のところみんな『事故にあって人生観変わった』って言うと納得してくれるんだよね。·····それに、私が魂だけでもこうして生かされてるのって何か使命があるんではないかって思えて·····それなら、言動だけは誰かの真似ではなく、私らしくいた方がいいのかなって·····」
「使命ウサか·····なんだか難しい話聞いたらお腹が空いてきた」
「それはいけない!また倒れたら大変だ!抱っこしてあげるから急いで帰ろう!」
ミカはダルを抱えて、屋敷に走って帰った。
その翌日ひどい筋肉痛に襲われ、ミカは多いに苦しむことになる。
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