ハーレムだっていいじゃない。幸せなら。
久野真一
最低な告白と最低な提案
ラブコメでは、しばしば、複数のヒロインから一人を選ぶシーンがある。
主人公の決断は大きく分けて二つ。
一つは、意中の一人を選んで、正式に恋仲になることだ。
もう一つは、誰も選ばずに、皆と恋仲になる道。いわゆるハーレムという奴。
でも、今僕がいるここは現代日本。そんな道を選ぶのには相応の覚悟がいる。
「恋人が二人なんだ、へえ」で納得してくれるのは奇特な人だけだろう。
デートはどうするのかとか、複数の彼女にどれだけ時間を割くのかとか、難題が山積みだ。
だから、僕はまだ悩んでいる。これが本当に三人で幸せになれる道なのか。
「はあ。僕はほんとなんてこと考えてるんだろうな」
場所は校舎の屋上。
春の暖かい空気の中、これからする提案の最低さに自嘲する。
他人が聞いたら、耳を疑うような提案だ。
黄昏れていると、ぎぃと扉が開く音が聞こえた。
さて、待ち人が来たようだ。
「で、どうしたの?
待っていた一人、
女子にしては高い170cm超の身長に、大きめの胸(Dはあると僕は踏んでいる)。
長い黒髪を肩まで下ろしていて、吊り目が印象的な美少女。
そして、僕と同い年の幼馴染。
「ですね。校舎の屋上になんて呼び出して」
そして、続いて、待っていたもうひとり、
女子の中でも低い153cmの慎重に、ぺったんこな胸。
薄く染めた茶髪を短く切りそろえている。
人懐っこい印象を与える垂れ目が印象的な美少女だ。
そして、同じく、僕の幼馴染で二つ年下の女の子。
背が高く、胸が大きく、寡黙な百合。
背が低く、胸が小さく、おしゃべりな麻衣。
色々な意味で対照的な二人が、僕に鋭い視線を向けてきた。
「急に呼び出してごめん。大切な話があったから」
これから僕がする話は、大切な、でも、最低なお話。
真っ当な男ならとても出来ないようなお話。
「百合。僕は君の事が好きだ。恋人として付き合って欲しい」
「……え?」
強い意思をたたえていた双眸が驚きに揺れる。
そりゃ、後輩と二人で呼び出されて要件が告白とは思わないよね。
「その、慶次の言葉は、言葉通りに取って、いい、の、かしら」
予想外過ぎたのか、両手を胸において、途切れ途切れに言葉を発する彼女。
そんな様子も可愛いらしい。
「うん。言葉通りの意味。ずっと一緒に過ごしてきて、君のことが好きになってた」
彼女に対して、今更多くの言葉は要らない。だから、端的にそれだけを伝える。
「ありがとう、慶次。それで、返事なのだけど」
「うん」
「私も慶次の事がずっと好きだったの。恋人として、付き合いたい」
「そっか。ありがとう、百合」
普段あまり変わらない表情が、羞恥と嬉しさに揺れていて、とても魅力的だ。
これからは百合が僕の彼女。そう思うと、見惚れてしまいそうになる。
でも、話はこれで終わりではないのだ。
そして、隣の麻衣はなんだか居心地がとても悪そうだ。そりゃそうか。
「それで、もう一つの話なんだけど、麻衣?」
「は、はいい!?」
すっとんきょうな声をあげる麻衣が可愛らしい。
「そんな驚かなくても……」
いや、無理もないか。
「麻衣。僕は、君の事も好きだ。恋人になって欲しい」
彼女の目を見つめて、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「……」
無言で状況を見守る百合。彼女はやけに鋭いので、察するものがあったらしい。
「どういうことですか、慶次にい?今、百合ねえに告白したところですよね?」
一方、混乱気味の麻衣。無理もないか。
「言葉の通りだよ。僕は百合とも恋人になりたいし、麻衣とも恋人になりたい」
堂々と二股宣言……僕的には二股じゃないんだけど、をする。
もちろん、僕も色々悩んだ。でも、これしかないと思ったんだ。
「それは、百合ねえと私を二股したい、と解釈していいんですか?」
「僕は、三人でお付き合いしたいと思ってるけど」
「二股と同じですよね!?」
「二股だと相手に黙ってるみたいでしょ?僕は、堂々と三人で付き合いたい」
言ってて大丈夫か自分、と思う。正気の告白ではない。
「それで、どうかな、麻衣、百合?」
僕は真剣なつもりだけど、二人にとっては不愉快きわまりない提案かもしれない。
「私は構わないわよ。もう一人が麻衣だもの」
百合は、姉が妹を見るような視線を麻衣に向けながら、頷く。
「……ずるいですよ、慶次にい。断れないじゃないですか」
麻衣も、どこか諦めた様子で、少し嬉しそうに言ってくれる。
「ほんとごめん。色々、考えたんだ。でも、百合と麻衣のどっちかには決められなかった」
しかし、それでも、どちらかに決めるものなのだろう。本来は。
「慶次が真面目過ぎて、変な方向に暴走するのも昔からでしょ。別にいいわよ」
「言葉もない」
少し落ち込みつつも、百合からの赦しの含まれた言葉に救われた気持ちになる。
「それに、私は三人でお付き合いが悪いとは思わないわ。現代日本がたまたま相手が一人って決まりになってるだけで、一夫多妻制の国だってあるわ。昔は日本だって、側室やお妾さんが居るのは普通の時代があったもの」
「なんとも、君らしい物言いだね」
百合は博学で聡明で、それ故に、現代日本にとらわれない倫理観を許容するところがある。
「非常識な兄と姉に挟まれた私としては、ひっじょーに微妙な気分ですけど」
「それはほんと悪いと思ってる。この通り」
「別にいいですよ。私も、百合ねえを除け者にして選ばれても悲しかったですし」
「理解がある妹で助かる」
「相手が私達じゃなかったら、慶次にい、女の敵ですよ?」
「あ、でもでも。3Pとかそういう趣味はありませんからね?」
何を想像したのか、顔を赤くして言い募る麻衣。
「なんでいきなりそこまで話が飛ぶのさ」
「三人でお付き合いなんて言うから。いずれは、って思っちゃいますよ」
「私も同感ね。まさか、慶次はそんなこと想像してないでしょうね?」
「も、もちろんそうだよ」
エッチなこととかまで考えての告白じゃなかった。
ただ、三人でこれからも一緒に居たい、ただそれだけの話だ。
「改めて、これからは三人でよろしく」
「その物言いはどうかと思うけど……よろしくね、慶次」
「私もちょっとどうかと思います。でも、よろしくお願いします」
こうして、僕たちは、三人皆で恋人同士として付き合う道を歩み始めたのだった。
こんな僕たちは、普通であまりない、変わった境遇で育ったという経緯がある。
◆◆◆◆
僕たちは、同じマンションの隣同士の部屋で生まれ育った。
真ん中が麻衣の家、左側が僕の家、右側が百合の家だった。
まだ小さかった頃、麻衣は僕と百合によく懐いていた。
共働きな麻衣の両親に代わって、僕と百合が面倒を見ることも多々あった。
僕たちの間には、自然と兄妹姉妹のような関係が生まれた。
「百合ねえ」
「慶次にい」
と慕われた僕らは、少し歳下な彼女の面倒を見ることが好きだった。
だから、遊びに行くときはいつも三人一緒。
でも、思春期になって僕らは変わらざるを得なくなっていた。
麻衣を除け者にしたくない僕と百合は、距離を保とうとして。
姉と兄に幸せになって欲しい麻衣は、僕たちと距離を少し離そうとして。
お互いに微妙に遠慮し合うのが、最近の僕たちだった。
「麻衣。今日の放課後なんだけど……」
と誘えば、
「あ、今日は用事があるんでした」
などと理由をつけて、麻衣が逃げ去るのが常だった。
「ねえ、百合。麻衣の事なんだけどさ」
高校二年生の冬の、下校途中。
「あの子の事がどうしたの?」
「やっぱり避けてるよね」
「そうね。きっと、私達の邪魔をしちゃ悪いってとこかしら」
「僕も同感」
幼い頃から一緒だった僕たちは、距離感の変化に敏感だった。
「どうしたらいいんだろうね。僕は、三人一緒に居たいだけなのに」
そんな想いは子ども染みているのだろうか。
「三人一緒……ね。あの子が本当の妹だったら、簡単でしょうけど」
言いつつ、ため息をつく百合。
「やっぱり、無理なのかな」
「貴方があの子の想いに応えてあげたら?」
少し悲しそうな顔で提案してくる百合。
「……」
「あの子の想いに気づかない程、ニブちんだとは言わないわよね」
「そりゃ、言わないよ。でも、だったら、百合は……」
「私は、大丈夫。ずっと友達でしょ?」
ずっと友達、の言葉に胸がズキンと痛む。
「百合は、それでいいの?」
「別に貴方と麻衣が幸せになってくれれば、それでいいわよ」
大真面目にそんな事を言い放つ百合。
「僕は、どっちも幸せにしてあげたい」
色々な意味を込めて、言う。
「別に人生、恋愛だけが全てじゃないわよ。後で振り返れば、笑い話よ」
「そんな顔で言われても説得力が欠片もないよ」
そんな、何かを堪えた顔で言われてもちっとも説得力がない。
「でも、なんで一人じゃなきゃ駄目なんだろう」
最近、繰り返し思うことだ。
「現代日本だから、ね。一夫多妻制のところなら違うんでしょうけど」
「さらっと言うね」
「でも、事実よ。一人じゃないといけない道徳も倫理も無いわ」
「歴史をたどればそれはそうなんだろうけどね」
相変わらず、彼女は大局を見た言い回しをする。
「でも、現代日本でも犯罪じゃないよね?」
「そうね。でも、世間はそうは思ってくれないでしょうけど」
「芸能人の愛人がスクープになるくらいだしね」
恋人が複数居て当たり前なら、ニュースにもならないだろう。
「そうか。でも、世間の目……」
「どうしたの?」
「いや。ちょっとした考え事」
「ならいいけど」
ちらっと浮かんだ考えは
なら、世間の目さえ気にしなければいいんじゃないか、と。
◇◇◇◇
「というわけなんだ」
下校途中、事のあらましを二人に説明していた。
「まさか、私が言ったことがきっかけになるとはね」
納得といった表情でつぶやく百合。
「ほんとに、慶次にいは非常識ですよね」
麻衣は、皮肉っぽい言い回しで僕を刺してくる。
「いや、ほんと、それは自覚してる。ごめん」
謝ってどうなるものじゃないけど。
「もういいですよ。要は開き直っちゃえばいいんですよね!」
パンと手を叩いた後、麻衣は笑顔になっていた。
「麻衣が一番渋ってたと思うんだけど?」
「過ぎたことをクヨクヨしても仕方ないじゃないですか」
「そういうところ、昔から変わってないね」
「そもそも、結局は私たちの気持ちの問題じゃないですか?後ろ指さされようがなんだろうが、胸を張ってればいいんです!」
自信満々に断言する麻衣。でも。
「そうだね。言った僕がヘタれてたら世話ないか」
気を取り直して、明るく言う。
「そうね。考えてみれば、こんな体験、滅多に出来ないことじゃないかしら」
幾分すっきりした表情で、楽しそうに言う百合。
彼女らしい言い回しに苦笑いだ。
「凄くポジティブに言えば、そうなるね」
「でも、これから、慶次は大変よ?」
「僕?そりゃ、僕も大変だけど」
「……まさか、貴方を半分ずつ分け合って、満足、なんて思ってないでしょうね?」
「うぐ」
図星を突かれて、胸の奥に何かが刺さった気がする。
「そうですよ。私達、どっちも、慶次にいのこと独占したいんですから」
意地の悪そうな笑みを浮かべて、麻衣が言う。
「つまり、独占欲を満足させつつ、うまくバランスを取れ、と?」
「そういうこと。頼んだわよ、慶次?」
百合まで珍しく悪戯めいた笑みをして言ってくる。
「なんか、胃が痛くなりそうな気がしてきた」
考えてみれば、僕の予想は甘過ぎだった。
「大丈夫よ、きっと」
右肩にかかる柔らかい感触。気がつけば、百合が腕を組んで来ていた。
シャンプーの匂いや、柔らかな胸の感触が色々刺激してくる。
「そうですね。大丈夫ですよ、慶次にいなら」
左肩にも、重みがのしかかる。
百合に対抗して来たのか。
百合とは違う香りに、腕の感触。
「前途は多難だ……」
いわゆる、両手に花状態の僕は、ため息を吐きつつ言ったのだった。
この物語がハッピーエンドに終わるかどうか。
それは、神のみぞ知ることだ。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
というわけで、真面目に明るく二股(あるいはハーレム)をするお話です。
現代日本で「三人で恋人」をやるための世知辛いあれこれとかも書いていければと思います。
ただ、このお話、テーマとして一度書いてみたかったのですが、そもそもジャンルとして作品として需要があるかわからないので、お試し版として提供となりました。
皆様の応援コメント等によって、連載するかどうかを決めたいと思っています。
「続きを読みたい!」方は、ぜひ、応援および応援コメントお願いします。
あと、「こんな方向の話なら読みたい!」みたいなコメントも歓迎です。
ハーレムだっていいじゃない。幸せなら。 久野真一 @kuno1234
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