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静寂が訪れた。
武器が打ち合う音、銃声、怒号で騒がしかったその場所はすっかりと静まりかえり、今は制圧された暴徒達が大人しく連行されるのを待っている。
時折聞こえるのは、負傷した者のうめき声と、後処理に追われる軍人達の話し声。
召喚術士クラヴェル、そしてその
*
「全く……なんてことをしてくれたんだ……」
応接ソファに座って痛そうに顔を歪めるブレドルフに、対面のクラヴェルがふんぞり返って答える。
「そんな言い方無いんじゃないか。暴動の鎮圧に貢献した召喚術士様だぞ?」
戦闘が終わり、軍人達が後始末に追われる中でルシエルとクラヴェルとシノは、顔面血だらけのブレドルフに彼の執務室で大人しくしている様に言われて、その通りにしていた。
クラヴェルに至っては、心配しなくともこれ以上のやんちゃをする体力は残って居なかった。
ほどなくして執務室に入ってきたブレドルフの顔は包帯でぐるぐる巻きにされており、かろうじて片眼だけが覗いている状態だった。
あまり時間が経っていない事を見ると、ほとんど応急処置で済ませてきたんだろう。
彼は「待って下さい、まだ縫合が……」と追いすがってきた衛生兵を閉め出して、クラヴェルの対面に座った。
可愛い妹分の大活躍に、中佐はさぞ鼻が高いだろう、と思ったクラヴェルだったが実際は真逆の反応だった。
「中佐、傷は大丈夫なんですか?」
そう心配そうに問いかけたルシエルに、ブレドルフは手を振って答える。
「ああ、問題ない。今はそんなことを気にしている場合じゃ無い――クラヴェル……。これはゆゆしき事態なんだぞ? 今や多くの兵が、君が三人を従える召喚術士だと知ってしまった」
「当然だろ。母さんの子なんだから」
心配顔のブレドルフとは正反対に、クラヴェルは誇らしさに鼻を天狗にしている。
クラヴェルからルシエルに視線を移して、ブレドルフは言った。
「ルシエルもだ。その若さで大扉の封印や、ましてや結界封印まで張れる力を、大勢の前で証明してしまった」
大真面目に言われたルシエルは縮こまった。
ブレドルフはルシエルが大きな力を使いこなしている様に言っているが、その実、ルシエルは自分の能力が、まだ自身の埒外にある事を感じていた。
思うように使いこなせているとしたら、言われたタイミングで思い通りの結界封印を出し、親愛なる兄貴分に傷を負わせる事は無かったのだ。
――このままじゃ、クラヴェルを……家族を守る事なんて、できない……。
ルシエルはそう、膝の上で結んだ拳をぎゅっと堅くした。
その妹はといえば、姉の気なぞ知らずに、でんと脚を大きく開いて座っている。
「大丈夫だ、中佐。ルシエルは封印術を使いこなしてる訳じゃ無い。無意識でやってるみたいだぞ」
クラヴェルの言葉にブレドルフが声を高くした。
――全く、この子供達は自分がどういう事をしたか、全然理解していない。
「余計に質が悪いじゃないか! いいか、お前達。これ以上ここにいてはお前達の身が危険だ。軍事利用される前に逃げろ」
姉妹の両親の親友として、ブレドルフが言う。
今夜の事は大勢の兵が見ている。アレックスとジョルディーヌの娘に、優秀な召喚術士と封印術士がいると上層の人間に知られるのも時間の問題だ。
まだ子供である妹分達を大人のきな臭い世界に巻き込む事は、絶対に避けたかった。
真剣な口調で言ったブレドルフに、どこかふざけた調子で返答したのはクラヴェルだ。
「まさか。今、私達を中佐が連れていると言うことは、中佐が私達に『唾を付けた』も同じって事だ。わざわざ佐官が縄を打った犬を捕まえに来る上官が、どこにいるっていうんだ?」
妹分の物言いに、ブレドルフは顔を引きつらせる。
「つまり、体の良い隠れ蓑に利用されたって訳か……」
「中佐だって、可愛い妹分二人を戦地に送りたくはないだろう?」
ニヤニヤと意地悪く笑うクラヴェルの顔に確かに母親との血を感じて、ブレドルフはかくん、と首を折った。
出された紅茶で喉を潤したクラヴェルは一転、真剣な顔つきになって問いかける。
「それにしても、あいつらは一体なんだったんだ?」
「各地で頻発している暴動隊の一部だと思うが……まだ取り調べ中だ。詳しい事は分かっていない」
「寄せ集めみたいな一団で、あの男だけは少々毛色が違ったね」
それまで黙っていたシノが言った。ブレドルフがコクリと頷く。
「あの
「殺――っ!」
ブレドルフのもたらした情報に衝撃を受けたルシエルが絶句し、青ざめて口元を抑えた。
「手配中の殺人者が暴動に? それはおかしな事だね」
「まったくだ。訳が分からない」
薄く笑ったシノに、ブレドルフが深く頷き返す。
しばし沈黙が降りた。
分からないことだらけだったが、姉妹もブレドルフも疲れ切っていて、思考を上手くまとめることが出来ない。
くたびれて物も言えなくなった全員に、シノが言う。
「僕には我が君が、だいぶお疲れのように見えるけど。本当は我が君だって判っているんだろう?」
体力の限界を御仕えに指摘されて、クラヴェルがぐうの音も出ないでいると、おもむろに鼻から温かいものが流れた。
「クラヴェルっ、鼻血!」
ルシエルの慌てた様子を尻目に、シノは「ほうら、体は正直だ」などとにこやかにほざいている。
ブレドルフに差し出されたハンカチで鼻血を拭いながら、クラヴェルはシノを睨んだ。
「今日はもうここで休め。ゆっくりもできないだろうが、今からでは宿もとれないだろう。もう明け方だ」
ブレドルフの言ったその言葉に姉妹は従って、ソファに埋もれて数分も経たない内に眠りについた。
一生懸命に眠る子供達の様子に、シノはクスリと笑う。
「中佐殿も今のうちに眠っておいてはどうかな? 大丈夫、悪い事はしないさ」
「……君は?」
「心配は無い。
――……冗談にもならない事を言う。
召喚術士の体など考えず、御仕えをそれこそ奴隷の様に昼も夜も従軍させたのは、出来うるならこの国が消したい黒い歴史だ。
その上に、傷が疼いて仕方が無い。
「……日が昇る前には起きる」
そう言って、ブレドルフは座っていたソファに身を沈めた。
*
翌朝、ルシエルとクラヴェルがソファで目を覚ました所で、ブレドルフが入ってきた。
窓からは良い日差しが入ってきており、ブレドルフはすでに外での仕事を一つ二つ終わらせた所である。
少し遅めの朝食を軍の食堂でごちそうになりながら、ルシエルとクラヴェルはブレドルフに、両親の行方について訊いた。
彼の答えは、頑として変わらなかった。
「アレックスとジョルディーヌの捜索は、私達に任せるんだ」
「でも……!」と言いつのった姉妹を、ブレドルフは無言で遮った。
二人の肩に手を置いて、しっかりと言い聞かせる様に言った。
「生活資金は軍が保証する。大丈夫、二人は私達が絶対に見つけ出すから、二人で今まで通りに暮らすんだ」
*
「どうする、クラヴェル?」
尋ねた姉に、妹は握りこぶしで答えた。
「待ってるだけなんてできるか。絶対に諦めない。父さんと母さんは私達が探し出すんだ。そうだろう、お前ら」
主人の呼びかけに、シノは薄く微笑み、リュウは頼もしげに拳を合わせ、
ブレドルフとの話はその後も平行線を辿り、両親の行方に関して、彼は一言も言わなかった。
馬車で村まで送るという兄貴分に、久しぶりに街に出てきたから観光して帰る、と下手な言い訳をして、姉妹は東方司令部を出た。
街は昨日の暴動の関係で所々破壊箇所はあるものの、人々は普段通りの生活を営んでいるように見えた。
ルシエルとクラヴェルは人目に付かない建物の影に移動して、
意地を張る子供の様な言い方の主人に、十太が言った。
「ですが
心配顔で言った十太に、クラヴェルは詰め寄る。
「お前は、私がまだまだちびっ子のお子ちゃまだから外の世界は危ないとでも言うつもりか!? 冗談じゃ無い。第一、お前達がいるのに危険もクソもあるか。どうだ、リュウ、シノ」
振り仰いでそう訊く主人に、リュウはニヤリとして答える。
「ちびの癖にちょっとは分かってるじゃねえか。俺様がついてるのに危険なんてあり得ねえ。ま、どこぞのお侍さんじゃ無理もねえがな」
そう言ってリュウは十太にチラリと意地の悪い視線を向け、ちび呼ばわりされたことにクラヴェルは肩を怒らせて騒いでいた。
シノはいつもどおり優雅な笑みを見せた。
「懸命な判断だね、我が君。頑張り屋さんには、これを進呈しよう」
くるくると上品に丸めて丁寧にリボンまでかけてある紙を差し出される。クラヴェルは訳も分からずに受け取った。
「なんだコレ」
広げて中身を見る。
タイプライターではなく、肉筆で書いてある文書だった。
ルシエルや十太と一緒に、紙面に目を走らせるクラヴェルの耳に、シノの気品ある声が聞こえてくる。
「昨夜、中佐殿の執務室で、偶然見つけてね。写しを取ってきたんだ」
それは、三年前の軍事作戦資料の一部だった。紙の中央に、二名の任務遂行者の名前が書かれている。
【以下の者にを遂行者として任命する。
封印術士〈
召喚術士〈
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