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上層部も絡んでくる事であるので、情報開示についてはこの場で返事が出来ないが、軍の図書室にアレックスとジョルディーヌに繋がる何かしらの手がかりがあるかもしれない、というブレドルフの提案で、姉妹と十太はブレドルフに案内されて図書室へ向かっていた。
案内する道すがら、妹分達から今日一日に起こった大冒険の全てを聞いたブレドルフは、驚くやらハラハラするやらで何だかげっそりとしている。
「……この歳で
頭を抱えて独りごちながらブレドルフは歩く。
「……クラヴェル、召喚術の研究はいつから始めていた?」
「母さんの研究書を読み始めたのは、二、三年前かな。実際にやってみたのは昨日から」
隣を歩きながらなんともなしに言う妹分に、ブレドルフはもはや言葉を無くしている。
そうしている内に目的の図書室に着いていた。
「うおお……」
扉口をくぐったクラヴェルは、瞳を輝かせ感嘆の息を吐いた。
さすが軍の図書室の蔵書量は、軽く見積もって彼女達の屋敷の書庫の三倍はある。
恐らく、見えないところにもっと隠れているだろう。
「あいつらはいつも奥の机を使っていたはずだ……あれだな」
ブレドルフに着いていくと、奥に向かって机が整然と並べられている空間に出た。
読書や資料整理など、作業に自由に使える机だという。その中で一番奥の机を、彼は指さした。
姉妹は十太と一緒に、机の引き出しやその裏、天板の傷や椅子の背もたれに至るまで調べ尽くしたが、手ががりは得られなかった。
「そう気を落とすな。こちらでも上層部にかけあってみる」
肩を落とすルシエルにブレドルフは声を掛ける。
ルシエルは「はい……」と弱々しく答えて、二人は図書室を出ようとした。
しかしその後ろで妹が後ろ髪を引かれていた。
クラヴェルも両親の手がかりが見つからなかった事は悔しいが、それとは別の疼きが止められない。
大量の本に囲まれて落ち着かないのだ。彼女には知識の海が手招きしているのが見えている。
「なあ、中佐。ちょっとだけ……ちょっとだけ本を見ていってもいい?」
期待を込めて訊いたクラヴェルに、ブレドルフは渋面を見せた。
民間の図書館と違い、ここには軍事書類も多い。
彼は少し思案した末、姉妹と十太を一つの書架の前に案内した。
「……ああ、ここだ。召喚術と封印術関連の書類なら見せても問題無いだろう。と言っても、もうここに置いている分しか無いが。ほとんどをセンタニールの中央図書館へ移動してしまったからな」
説明しているブレドルフの声を右から左に聞き流し、クラヴェルは滅多に輝かない瞳を年相応にキラキラさせて、整然と並んだ背表紙を指で撫でつつ、手に取る一冊目を品定めしている。
ややあってクラヴェルは、赤い装丁の書籍を手に取った。待ちきれない様子で開こうとする。
「ん、なんだこれ。開かない……」
「見て、これも同じ本じゃない?」
隣にも同じ装丁の本を見つけて、ルシエルはそれを抜き取った。
二冊とも他の本より、やや埃っぽく、少し色あせていて、元はもっと鮮やかに赤かっただろう事が想像できた。
そして彼女が眉を顰めたのは、表にも背表紙にも何も書かれていないと言うことだった。
するとルシエルの手のひらからぼんやりと青い光が広がり、本を包み込んだ。
先刻正面の門扉を覆ったのと同じ光だ。それがやがて粒に分かれ、再び彼女の手の平に集まる。
「なんてことだ。誰かがこの本に封印を施していたのか」
ブレドルフが言い、ルシエルは彼と顔を見合わせる。
「じゃあ、こっちも……?」
そうクラヴェルが差し出した一冊に、ルシエルの手が触れると、全く同じ現象が起きた。
姉妹が、封印の解けた本をゆっくりと開く。すると開いたページから青い光の粒が立ち上って、段々と人の形を成していった。
クラヴェルの本から空中に集まった光の粒の色が抜けていくと、その姿は全身を深紅色に纏い、両端に金の石突きのついた鮮やかな赤い棒を持った、鈍色の髪の男になって目の前に降り立った。
ルシエルの本から集まった光は、白銀の長髪に一切の汚れの無い白い装束を纏った男の姿に変わり、同じように降り立つ。
開いた口が塞がらないブレドルフが声を出す前に、今まで黙っていた十太が、久しぶりに口を開いた。
「……ミレトラーとラフェクラス……!? お前達が何故この様な所に……!」
ただならぬ気迫で鈍色の髪の男に近づいた十太に、彼はゆっくりと目を開いて答えた。
「うるせぇなぁ。誰かと思ったら十太じゃねぇか。こっちはここがどこかも分かってない状況なんだ。少しは優しくしろよ」
そして男は視界に白銀の男を見つけて声を掛けた。
「おい、シノ。ここはどこだ?」
シノと呼ばれた白銀の人が辺りを見回して答える。
「どうやら、どこかの書庫の様だ。暗いしそれに……埃っぽい。……おや? 君かな、僕たちを封印から解放してくれたのは」
シノが手を差し出してルシエルに聞いた。ルシエルは少しおびえた様子を見せながらも、首肯した。
「十太、こいつら知ってるのか?」
十太の様子が気になってクラヴェルは訊いた。答えはすぐに帰ってくる。「はい、主君」
今度は鈍色の男が不遜な態度を見せる。
「へえ。十太、今はその小っこいのがお前の主様ってわけか。ジョルディーヌ様に捨てられたお侍ちゃん」
「ジョルディーヌだって!?」
「母さんを知ってるの!?」
鈍色の言葉に、ブレドルフ、ルシエル、クラヴェルの言葉が重なった。鈍色はクラヴェルを見下ろし、獲物を肩に担いでこう言った。
「俺はリュウ・ミレトラー。〈
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