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「それでお前、何でまたそんなチビに仕える事になっちまったんだよ?」
机の天板に腰を下ろしたリュウが、あざ笑う様に十太に聞いた。しかし十太が答えるより早く、主人が噛みついた。
「お前はまた何で人の事をチビとか、ちっこいのとか侮辱する様な事しか言えないわけだ? 自称〈
「俺たちは正真正銘〈十二月〉ジョルディーヌ様の御仕えだ、クソガキ!」
「ガキ!? 今私の事をガキって言ったか!? 子供扱いすんな、バーカ!」
コンプレックスを指摘されてすっかり頭に血が上ったクラヴェルは、顔を赤くして今にも突撃しそうな構えである。
十太が主を後ろから捕まえて、友と少女の間にシノと呼ばれる白銀の人が入った。
「まあまあ、リュウ、落ち着いて。彼女も……ええと、なんと呼べば良いかな? 〈十二月〉の
シノがどこぞの貴族の様な仕草でクラヴェルに問いかける。クラヴェルは腕を組んで、むすっとして答えた。
「私はクラヴェル。こっちは姉のルシエルだ」
「ああ? 嘘吐きやがれ。ルシエルとクラヴェルっつったら、まだこんなにちびっこだぜ?」
机から降りたリュウが、自分の足首近くの空間を示して言った。クラヴェルは依然表情を崩さずに応じる。
「嘘じゃ無い。それにいくらなんでもそんなに小さくは無い」
「リュウ、人間の子供は成長が早いんだよ」
シノが友に言って、彼は「へー」と気のない返事をする。
理解しているのかしていないのか分からないが、二人とも幼い頃に姉妹と会っている様だ。姉妹の方はさっぱり覚えては居ないが。
「失礼したよ、クラヴェル。彼は少々、なんというか……礼儀を知らない」
シノは肩を竦める。リュウが「こら、聞こえてんぞ」と言うのを無視して手を差し出した。
「僕はシノ。シノ・ラフェクラス」
握手まで求められて、クラヴェルは面食らう。華奢な手を握り返しながら尋ねた。
「いいのか、名乗って」
「相手は
御仕えは普通、自分から名前を明かさないのが当たり前である。
名前を使って使役される存在であるが故に、軽率にその名を人間に明かすことが文字通り命取りになる。
その昔軽率に名前を明かした事でその力を悪用され、また奴隷の様な生活を強いられた御仕えが沢山居た。
それから御仕え達と正しい召喚術を学ぶ者の間に、決まり事ができた。
御仕えは、その存在を現す〈隠し名〉を主人にしか明かさない事。
そして召喚・帰還・契約の全てはその〈隠し名〉を用いてしか行えないように、
〈隠し名〉を守り通せば彼らは安全である。
クラヴェルは続けて尋ねる。
「何で軍の書庫なんかにいたんだ?」
二人の御仕えは代わる代わる答えた。
「それが、ここまで誰が僕たちを運んできたのか、僕たちも分からない」
「聞きたいのは俺たちの方だ」
「封印が解かれてみたら、いきなり見知らぬ場所なのだからね」
リュウは不満を露わに舌打ちして、シノはやれやれとでも言いたげに首を振る。いちいち仕草がどこかの王子の様であり、妖艶な美女のようでもある、不思議な奴だ。
「誰かに運ばれてきたって言ったな。それまではどこに?」
クラヴェルの質問にシノは記憶を掘り返しつつ答える。
「ウェス……なんとかいう街だったかな。リュウ、覚えているかい?」
シノは机に腰掛けたまま足を遊ばせている友人を振り向く。リュウはにべもなく答えた。
「んな訳ゃねぇだろ」
「その街に入ってすぐ状況が変わったのでね。あまり詳しく覚えてないんだ。申し訳ない」
シノはクラヴェルに向き直り、頭を下げる。しかしクラヴェルは笑った。
「いや、手がかりが見つかっただけで十分だ」
ルシエルも両の拳を握った。
「父さんと母さんは、その街に行ったんだね。その街に行けば、何か分かるかも知れない」
「残念ながら、肝心の街の名前が分からないけどな。……なんとかなるだろ」
クラヴェルはそう言って、含みを持たせた目をブレドルフに向けた。彼は腕を組んでそっぽを向く。
「情報開示は出来ないぞ」
ブレドルフの頑なな態度にクラヴェルはルシエルと顔を見合わせる。母の
必要な情報は全てこの二人から聞いて集めるしかなさそうだ。
「その街で何が起こって、お前達はこんな事になったんだ?」
「その街に宿を取ってすぐ、『
「『閃光団』?」
リュウが言った聞き慣れない言葉を姉妹がオウム返しにすると、ブレドルフの声が鋭く割って入る。
「待て!」
彼はその場にいる者全員を睨むようにして続けた。
「……二人は知らなくていい事だ」
「待てよ」クラヴェルがブレドルフを向く。
「知るか知らなくていいことかは私達が決める事だろう? 勝手に決めないでくれ」
「すまないが、こればかりは駄目だ。知るとお前達にも危険が及ぶ」
「つまり、両親の行方に直接関わることだと……?」
ルシエルに問われて、ブレドルフは目を逸らした。こんなにも嘘がつけない人が、よくもここまで出世出来たものだ。
ブレドルフは苦い顔をしながらも、何とか言葉を紡いだ。
「……大切なのは、『何が起きたか』より『ジョルディーヌ達がどこへ行ったのか』だ。そしてどこへ消えたかは封印されてしまった御仕え達では知るよしも無い。唯一の手がかりになりそうだった街の名前もうろ覚え。手詰まりだな。……あの二人を探すのはもう止めておけ。生きているか死んでいるかも分からない」
軍人の顔を見せて最後の言葉を付け足したブレドルフに、全員が息を飲んだ。
「ふっざけんなよ!」
リュウが激昂してブレドルフの胸ぐらを掴み上げる。
「お前馬鹿か!? ジョルディーヌ様がやられる訳ねぇだろ! 最高の召喚術士だ!」
「私は現実を見つめているだけだ! 無事だという保証は無い!」
両親の親友であり、自分たちの優しい兄貴分であるはずのブレドルフが言い出した衝撃の言葉に、ルシエルとクラヴェルは対応できないで居る。
「見てないくせに勝手に殺すんじゃねぇ! 死んだという根拠もねぇだろ!」
言い合う二人の間に、シノが入ろうとする。「リュウ、落ち着いて……!」
しかしリュウは彼を突き飛ばし、ブレドルフを強く投げ飛ばした。
御仕えの力で投げ飛ばされては、軍人とはいえ人間の体は無事に済まない。十太が間一髪、ブレドルフの体を受け止める。
「黙れ、黙れ! ジョルディーヌ様は絶対生きてる! あの人がやられる訳ねぇんだ!」
癇癪を起こしたように喚くリュウを目の前にして、クラヴェルの頭はすっと冷えていった。
「私達もそう信じてる。私達の親がそう簡単にくたばる人達じゃないってのは、私達がよく知ってる」
「あ?」
憤りをそのまま声に出すリュウに怯む事無く、クラヴェルは続ける。
「母さんの研究室に召喚術士の心得って張り紙があった。読んでみると『母さんの』心得なんだがな」
母の研究室に通い出してから、壁に掲げられた母の文字をずっと見ていた。
最初は家を留守にしがちな両親を求めて、それを眺める事で少しでも寂しい気持ちを紛らわしたかっただけかもしれない。
度々、時には毎日のように訪れる研究室で、変わらず迎えてくれる母の文字がクラヴェルに根付くまで、そう時間はかからなかった。
そしてそれが、クラヴェルが『召喚術士』というものに興味を持ち始めた原点でもある。
クラヴェルは自身に根付いた母の教えを暗唱し始めた。
「一・召喚術士たる者、人の願いのためにあれ」
「一・召喚術士たる者、
「一・母たる者、家族の幸せのためにあれ」
「一・〈
リュウは押し黙った。
ルシエルは入ったことの無い母の研究室を思う。
毎日研究室に入り浸っていた母の背中を。
「母さんは諦めないんだ。なら私も、諦めるわけにはいかない。だから、お前達も一緒に来ないか。父さんと母さんを一緒に探そう」
クラヴェルは握手を求める様に、成長途中のまだ小さい手をリュウに差し出した。
ふふ、と可笑しそうにシノは笑う。
「いいんじゃないか、リュウ。少なくとも、僕はクラヴェルの考え方、好きだね」
リュウは腕を組んで押し黙ったままだ。
無理も無い。クラヴェルと一緒に行く――契約を交わすと言うことは、ジョルディーヌとの契約を破棄するという事なのだから。
しかし誘いを蹴ってシノと二人でここから出るにしても、契約者がいなくては御仕え二人だけでこの世界を旅するのは危険が伴う。
召喚術士と御仕えは契約関係であり、共助関係なのだ。
「俺は…………」
むっすりと黙り込んでいたリュウが、ややあって口を開いたその時、ブレドルフの軍服の胸ポケットから音声が流れた。無線機が受信した通信だ。
「――応援を求む! 繰り返す、正面ロビーへ至急応援を求む!」
音声は酷く荒れている。続いた言葉だけがやけにはっきりと聞こえた。
「扉の封印が、破られた!」
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