――という様子を地獄耳で聞いていた悪魔はハーレーを運転しながら鼻を鳴らした。パケロが不思議そうに首をかしげる。


「どうかしましたか、悪魔」

「お前が頼りにしているあの人間たち、吃驚するぐらい仲が悪い」

「仕事に仲の良さは関係ありません。彼らは警察ですからそれなりの仕事はすることでしょう。知っていますか、悪魔。ミステリーが流行るのは日本とイギリスぐらいなんですよ」

「へえ、なんでだ?」

「警察がしっかりと稼働している国でなければ犯罪は犯罪のままですから。ミステリーなど流行りません。どれもこれもヤクザに頼んでおけばいい」


 悪魔は八歳児の言葉に「悪魔的だな! 気に入った!」と言ってゲラゲラと笑った。

 ハーレーのエンジン音をバリバリと鳴らしながら彼らは会話を続ける。悪魔はエンジン音は『外』へ流していたので彼らはとても静かな世界で運転を続けていたのだ。

 岡山の田舎町にバリバリと鳴り響くエンジン音は近隣住人の心を少しザラザラにする程度の騒音だったが、そのように人々の心をザラザラにするのは悪魔の仕事だったので、この悪魔は勤勉だとも言えた。

 とにかく悪魔はけらけらと笑った後、「しかしあいつらは仕事ができるのかね」とまたため息を吐いた。


「なにか聞こえましたか?」

「槙島は死んでから首を切られたそうだ」

「……マキが苦しんだのでなければよかったです」

「それはわからん! 槙島の死因もわからない。首を切った凶器も。それに首のありかも。そんなことをしでかした人間がどこにいるのかも! NOTHING!なにも!

「悪魔」


 悪魔の髪が炎に戻ったが、パケロにとがめられてそれはただの白髪に戻った。毛先は燃えていたが、ハーレーに乗っている人間の髪が少し燃えていたところで通行人には大した問題ではない。許容範囲だ。

 パケロはあなたは感情的に過ぎる」と悪魔を咎めた。


「理性は知性、知性は理性、常に冷静でなければいけませんよ」

「感情はすべての行動原理だ。それを捨ててなにを求める? 人間は『理性』ゆえにな人を殺すのか?」

「人が犯人とも限らないでしょう。マキは聖職者です。悪魔がやったのかもしれませんよ?」

FU××くそが!」


 悪魔は慄いた。そのことにパケロは慄いた。


「いいか、馬鹿な小娘」

「私は馬鹿ではありません」

「いいや、馬鹿だ。お前は槙島に育てられていたのにあいつがなにか分かっていないのか? あいつは預言者、神が愛した生き物だぞ!」


 パケロは瞬きをしてから首をかしげた。


「マキはたしかに神父でしたが……」

「『神父』! FATHER!聖なる父よ! くそったれ! あいつはそんなつまらないものじゃない! あいつはこのクソみたいな時代の唯一の救世主だったんだ!」


 バウン、とエンジンが音を立てる。

 余談になるがこのハーレーもまた悪魔を愛していたため、ハーレーは悪魔の思いに応えるように叫ぶことがあった。とはいえハーレーはハーレーだ。言葉は話さない。ただ、バウンと鳴るだけだ。


「だからあいつを殺せるのは人間だけだ。悪魔も天使も無理だ、神の作った『パーツ』だからな! 神に選択の権利を与えられているのは人間だけ、『過ちを犯せるのは人間だけ!』」


 悪魔はそう叫んで、それから「だから槙島は人間なんか捨ててしまえばよかったんだ……」と悲し気に鼻をすすった。その様子を見て「泣いてはいけませんよ、悪魔」とパケロは悪魔を諭した。悪魔は悲し気に眉を下げたが、仕方なさそうに頷いた。


「……槙島、たった一回、オレの名前を呼んでくれたらよかった。そしたらオレはどんなときでも助けに行けたんだ。たしかに……そしたらあいつはオレのものになるかもしれないが、でも……首を落とされはしなかった……」

「何故あなたはマキを助けるのです? それが悪魔たるあなたの仕事だからですか?」

「馬鹿が!!!」


 悪魔は叫んだ。そうして結局涙を落とした。


「槙島はオレの友だちだからだ! 『だから』、助けに行くんだ!」

「……あなたは悪魔でマキは聖人ですよ?」

I DON'T CARE!関係あるか!


 悪魔がグルグルと威嚇するように喉を鳴らしながら乱暴にハーレーを停車させた。

 ――そこは槙島の教会からちょうどハーレーで一時間走らせるとつく場所だった。場所はここでは明記しないでおこう。行こうと思われても困るからだ。

 その家はその地域では高級住宅街にあたる場所にあった。とても便利な場所なのだが、『どういうわけか』その家の周りは空き家となっている、『常』に。そうしてその家の周りは『どういうわけか』人間は迷い込むことすら困難で、もしその家を目指して歩く人がいたら、『どういうわけか』そのことを忘れて、ついでに自分が誰かも忘れてさまようものになってしまう。

 何故かと言うと『それが悪魔の家』だからだ。

 そんな悪魔の家の前に彼らは降り立った。


「……普通の家に見えます」

「『普通』? つまらない言葉だな」

「これがあなたの家ですか?」

「入っていいぞ。My little ladyオレの小さなお嬢さん.」


 仰々しくお辞儀をした悪魔の前を通ってパケロはその家の扉を開けた。

 その家は三階建ての大きな戸建てだった。必要最低限のものしかそろっていないそのモデルハウスのような部屋に足を踏み入れたパケロは「ここは穢れてもいなければ聖なるものでもないようです」と呟いた。そうして実際そこには悪魔の気配もなく、天使の気配もなかった。悪魔は鼻を鳴らした。


「槙島と住むためだ。オレは聖なるところは無理だし、あいつは邪悪なところは無理だ。だから『フラット』にしたんだ。でもあいつは断った。オレはこんなに頑張ったのにあいつはすぐに断る! なんなんだあいつは!」

「それは……マキは神の家に住んでいますから他の場所に住む理由がありません」

「ハッ! 神の家! どこがいいんだかな! あんなパンとワインしかない家の『どこが』!」

「芋も豆もありますし天使がついていますから」

「天使! ANGEL天使! Fu×× V×rgin世間知らずのクズ!」


 悪魔は罵倒しながら扉を閉めて鍵をかけた。それからパチンパチンと指を鳴らした。それから悪魔はパケロの頭を掴み階段の方を向かせた。


「そこに階段がある。見えるな? そこをのぼると二階に着く。そこに食卓がある、そこにお前の飯を用意した。食べろ。二階の部屋に寝室もある。そこで眠れ」


 悪魔は早口で言い切るとどこかへ去ろうとしたが、その前にパケロが悪魔の手を掴んだ。

 悪魔は実に不思議そうにパケロの黒檀の目を覗き込んだ。


「ナァンダヨ、聖なる子羊、食われたいのか!」

「……あなたに聞きたいことがあります」

「なんだ」

「あなたとマキについて」


 悪魔は鼻を鳴らした。しかし悪魔は実は寂しい気持ちでいっぱいだったので「いいぞ」と答えた。それからパケロの背を押して「ほらのぼれ、とっととのぼれ、オレは飲む、お前は食べる、そうしてオレは語る、お前は聞く、それで決まりだ!」と速足で階段をのぼった。

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