「ウオェッ!」


 ――警察が警察署まで帰ったことを確認するとすぐに悪魔は教会の外に飛び出して胸を掻きむしった。

 悪魔と連れ立って外に出てきたパケロは彼の背中を優しく撫でた。が、悪魔はより一層苦しそうに息を吐いた。パケロは聖職者なのでパケロの手は悪魔にとっては『毒爆弾』なのである。

 悪魔は白銀の毛糸玉を吐いた。それは地面に落ちるとドロドロと溶けて消失した。


「……、消滅しますか?」

「こんなんで消えてたまるか! 筋肉痛になっただけだ!」


 ビャンと悪魔が騒いだ内容を聞いてパケロは目を丸くした。

 パケロは、悪魔が教会で一日過ごしたというのに『筋肉痛』で済んでいることに驚いたのだ。パケロはここで悪魔が消滅しても仕方ないと考えていたので、こんな毛糸玉を吐き出すぐらいで済んでいることに大変驚いていた。ちなみにこの毛糸玉は『聖』の塊なのだが、そのことについてはまた別の機会に説明しよう。

 ……読者のあなたがたに分かっていただきたいのだが、パケロは冷たい人間ではない。パケロは悪魔というものは消滅したところで、またどこかから沸いて出てくることを理解しているためである。悪魔はしつこいのだ。

 悪魔は全身をバリバリと掻きながら、忌々しそうに教会を振り返った。


「クソ天使め……オエッ、横隔膜がつりそうだ」


 悪魔はしゃっくりをした。

 それからノロノロと立ち上がるとパケロをその金色の目で見下した。


「これからお前はどうする?」

「マキが死んでしまった以上、私はどこかの施設に預けられることになるかと思います」

「どこかの施設ってのはまたどっかの教会か?」

「……私は教会の求める赦しを与えられるか……」


 パケロは悪魔の目をじっと見た。悪魔はパケロの目をジっと見返した。


「あなたは、……マキを殺した犯人はどうやって見つけますか?」 

「……パケロ、神の子なのにマキを殺したやつを赦す気はないのか?」


 パケロは目を閉じて手を組んで神に祈りをささげた。悪魔の質問に答える義務は神の子にはないのである。悪魔はフンと鼻を鳴らすとパチンと指を鳴らした。パケロの体が一瞬青く光り、しかし一瞬で落ち着いた。パケロが不審そうに悪魔を見下ろすと、悪魔がひとつのパスポートをパケロに差し出した。


「お前はこれからオレの親戚のパケロ・ヴァニーだ。オレは仕事だからお前を誘惑はするがお前がオレに靡かない限りはお前は神の子だ」


 パケロは渡された自分のパスポートを見て眉間に皺をよせ「……戸籍を作れるんですか?」と尋ねた。


「戸籍はシステムだ。システムは記録だ。記憶も記録も悪魔にいじられるものだ。だけど悪魔は人の時間に左右されないし、同時に触れることはできない。まあ、どうだっていいんだ、そんなことは。帰るぞ」

「帰る? どこへ?」

「オレの家だ。……というよりオレがこの教会に通う時に使っている家だな。この『神の家』に泊まるのは槙島が生きている限りは無理だった。今でもやっぱり一日が限度だな。それ以上はさすがのオレでも……」

「消滅する?」


 フンと悪魔は鼻を鳴らした。

 彼がハーレーを撫でると、ハーレーにサイドカーがついた。悪魔はすごく嫌そうに「ああ、格好悪い」と言いながらも、パケロに右手を差し出した。

 パケロはその手を見てから「これは誘惑ですか?」と尋ねた。悪魔はうんざりした様子でため息を吐き「お前がそう思うならな」と答えた。それでパケロは悪魔の手を取り、悪魔のハーレーのサイドカーに乗り込んだ。

 悪魔はパケロにヘルメットをかぶせると「最悪の一日が終わり、二日目が始まる」とまるでなにかの予言のようにつぶやいた。


 ――わたしは彼の内ポケットの中で彼の鼓動を聞いていた。

 悪魔とは思えないぐらい彼の鼓動は速かった。悪魔は自分では気が付いていなかったがこの状況を楽しんでいた。

 悪魔が機嫌が悪そうに見えるときは悪魔はそれを楽しんでいる。そういうものなのだ。


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