Ⅳ
パケロの通報を受けてやってきた警察官は
彼らはバディを組んでからまだ一カ月も経っていなかったが、すでに伊佐は津島のことが苦手であり津島も伊佐のことが苦手であった。そういった天使と悪魔に似た関係(お互いにお互いを嫌悪する関係)に至った理由は津島は自分若い女性に対してできることが『若い女の子はすぐ怒るからなあ』と揶揄うことや『若い女の子がちょっと泣けば許されるじゃねえか』と侮ることだけだったからである。
自分よりも若い女性対して行動選択肢が少ない中年男性はこの地球上にたくさんいる。そして同時にそういった中年男性は若い女性から好まれない場合が多いのだ。特に伊佐は津島の部下というわけではなくバディであり、超エリート組の人間だった。そのようなふるまいを受ける謂れも経験もなく、『この
彼らがこの教会に現れた理由は彼らが担当している案件が『首無し連続殺人』だったからである。
実はここ十年ほど、北は北海道、南は沖縄まで、日本中で『首無し死体』が発見されていた。これらの死体は特徴として『首がねじ切られていた』。その凶器は様々だが、とにかく首がとられている死体が発見されるのである。だが、その死体の発見場所が全国に飛び散っているために情報が連携されておらず、警察内部では都市伝説的に『首無し殺人が流行っているらしいぞ』という程度になっていた。警察は無能と思うかもしれないが、これにはいくつかの理由がある。
まずその首無し殺人は『三カ月に一件程度』であり、なおかつ発見されるのは『半年に一回』もないのである。だから『優先順位が低い』のだ。とはいえこの三年で発見された首無し遺体が『7件』となったので警視庁も『さすがに探すか』ということになった。そんな案件の担当にさせられたのがエリート組の『伊佐』だった。伊佐はまずここ二十年の事件をすべて洗った。そしておそらく最初の事件が発生したのが『岡山県北区』だということを突き止めた。また初期の頃の首無し遺体は中部地方で多く見つかっていることに気が付いた。
そこで伊佐は広島警察に協力を求めた。広島警察は警視庁からの要請に渋々ではあったが腰をあげた。その結果、広島には『仁義なき戦い』という有名な作品があるが、その大元になったあるヤクザの組までも腰をあげた。伊佐は彼らの協力を得て、『どうも犯人の地元は広島ではなく岡山のようだ』というところまで突き止めた。それで伊佐は今度は岡山の警察に協力を求め、そうしてバディを組むことになった相手が津島だったのである。彼らは一カ月で過去の事件を洗い直し(ちなみにこの作業自体を津島はひどく馬鹿にしていた)、そうして『北区』にまで範囲を絞り込んでいた。
そこでこの『槙島首無し殺人』が発生したのである。伊佐は『起きないでほしいと思っていたことが起きてしまった』と考え、津島は『渡りに船じゃねえか』と考えながらパトカーを運転して現場にやってきた。
――なんであれ、とにかく教会のステンドグラスに夕日が落ちる時間に彼らはこの場所にやってきた。
彼らはその凄惨な現場を見て少し目を細めたが、すぐに鑑識に状況を聞いた。
津島はもちろん伊佐のことをあなどり「若い子にはこんな現場はきついだろう」と軽口を叩くことは忘れなかった。津島の刑事経験でこんな悲惨な現場を見たことはないというのにだ。伊佐は学生時代に内紛地区でのボランティア活動を経験していたため「いいえ、慣れています」と答えた。そういうあたりが津島にとっては可愛げがなく見えて、津島はまた伊佐が苦手になった。しかし伊佐にとってしたら『うるせえ黙ってろジジイ仕事しろ』なのである。
彼らはまだ互いのことを理解していなかった。根本的に互いに敬意を持っていないという事実に辿り着いていなかったのである。そんな噛み合わない彼らは、しかし、第一発見者である『悪魔』と『悪魔の娘』に話を聞くことにした。『悪魔』と『悪魔の娘』はどちらも泣きはらした顔をしており、ふたりしてとても大切そうに『小瓶』――つまりわたしを持っていた。
わたしは彼らにとってはすっかり『槙島』になっていた。違うと思いはしたが、わたしは『小瓶』だ。言葉は持たない。なので大人しく彼らの手の中に納まっていた。彼らは決してわたしを離さないと決めているようだった。
「お話しを伺ってもよろしいでしょうか」
そのように丁寧な口調でわたしたちに声をかけたのは伊佐だった。彼女はわたしたちに目線を合わせ、警察手帳を見せた後、特にパケロには気遣うように優しい微笑みを浮かべた。
「現場の状況と、最近あった変なことと、あと被害者に恨みがあるやつがいないかを教えてくれ」
逆にそのように、わたしたちに声をかけてきたのは津島だった。
彼は『悪魔』を疑っているらしく、特に『悪魔』を睨みながらそう言った。そんな津島のことを『本気かこのクソジジイ』という顔で伊佐は見上げたが津島は気にも留めなかった。そして悪魔はそんな津島の疑いに気が付いていない様子で「現場の状況……」と呟いてからパケロを見た。
「現場の状況ってのは、今のまんまだ。オレたちはなにも触ってない。だよな?」
「……ええ、わたしたちはここでずっと泣いていたので……マキは、……槙島神父は誰かから恨みを買うような人ではありません」
「そうだ! あいつはそれに誰かを恨むなんてこともできねえし……チクショウ! 誰が槙島を殺したんだよ! ウワアアァ……」
「泣いちゃ駄目です! あなたが泣いたら、また、私も……ウエエエエエン……」
悪魔が急に泣き出し、それにつられてパケロも泣いた。彼らは全くまだ槙島の死を受け止め切れていなかったのだ。
そんな風に彼らが泣いてしまったので、伊佐は津島を睨み、津島は不審そうに悪魔を睨んだ。
――悪魔はまだなんとか『人間』の形を保っていた。つまり槙島が死ぬ前にしていた白髪にインナーと毛先だけ青色に染めた髪型で、輝く金色の瞳で、やせ型で、高いブランドの服(しかもどれも百年近く着ている)を着ている青年の姿をしていた。そんな青年はこの令和の時代とは言え、岡山の若干田舎に位置する街にはあまりいなかった。要するに、この教会に住んでいる子どもとして『パケロ』は警察からも把握されていたが、『パケロと一緒に泣いているヤンキー』については誰も把握していなかったのだ。
そこで伊佐は泣いている悪魔の肩を優しく撫でながら「ところで、あなたのお名前は?」と尋ねた。
悪魔はその優しい手つきになんとか涙をおさめ、鼻をすすりながら「お前は伊佐だよな。伊佐 柚香。二十七歳、東京出身、お前の寿命は八十年後だ。お前ぐらい槙島も長生きすると思っていた」と喋った。これは人間を見たら『その名前』『その寿命』が見える悪魔の台詞としては普通なのだが、人間としては普通の台詞ではなかった。なので伊佐は驚き、しかし『そういえばさっき警察手帳を見せた』と思い出し「たしかに私は二十七歳です」と答えた。要するに彼女は年だけ当てたのだろうと考えた。だとしたら出身はわからないはずなのだが伊佐はそこまでは気が付かなかった。
伊佐はもう一度「あなたのお名前は?」と悪魔をうながした。悪魔はジャケットの袖で涙をぬぐってから口を開いた。
「
もちろん偽名である。
他の悪魔も含め悪魔というものはたくさんの偽名を持っているのだが、この悪魔の場合はこの偽名をこよなく愛しておりここ六百年ぐらいはこの名前だけを使っている。意味は特にないが、Vの音を気に入っている。槙島も彼の事を名前で呼ばなくてはいけない場面では『
伊佐は悪魔の偽名を聞き、すこし言葉を選んでから口を開いた。
「ヴァーリーさん、どちらのご出身でしょうか?」
「スコットランドはまだあるよな?」
「え、はい、ありますが……」
「ならスコットランドだ。オレはグレートブリテンに家を持っている。海が見える家だ。槙島もあの家だけは気に入ってくれていたな……」
「……あなたは今ご旅行中ですか?」
「旅行? オレは槙島に会いに来たんだ。ハーレーに乗って……なんでそんなことを聞く?」
「状況の整理のために……」
「状況の整理?」
伊佐は悪魔の顔をじっと見た。悪魔もまた伊佐の顔をじっと見た。
じっと見て悪魔は『なんだ?』と考えた。考えてそうして『もしかしてオレが槙島を殺した犯人と疑われているのか?』ということにようやく思い至った。思い至り、そして彼は――激怒した。
「
ちなみにこのような罵倒語を使うことは『悪魔の小瓶』としては読者たるあなた方にお勧めできない。しかし悪魔はそういう言葉を選ぶのが仕事なので、これは悪魔にとっては正しい言葉遣いだった。
とにかく悪魔は激怒した。
「Your job is
悪魔は激怒したのでその髪は再び燃え上がり、その目は爛々と輝き、その両手には鱗がはえ、その指は恐ろしいカギ爪となった。彼は口を大きく開くとその恐ろしい牙を見せつけて「You said
――が、もちろん怒鳴った先の伊佐は意識を失っていた。聖なる神の子ではない人間は悪魔を見ると意識を失うものである。よってその場にいた人間はみんな意識を失っていた。
ただひとりの、その場にいる聖職者『パケロ』を除いてみなが倒れた。そのためひとり起きていたパケロは悪魔の姿に戻った悪魔の尾につかまった。彼女は悪魔を止めなくてはいけないと考えた。少なくとも現場が荒らされることは避けなくてはいけないと分かっていた。
「あなた、いけません! 悪魔の姿になっては……」
「
「あなた! こちらを見なさい!」
「
悪魔は尾につかまったパケロを睨んだ。パケロは悪魔を見上げて「落ち着きなさい。深呼吸をするのです」と言った。その物言いは槙島のものによく似ていて、とても穏やかだった。なので悪魔は深呼吸をして、「ウン」と呻った。
「……すまん」
「いいんですよ。とにかく元に戻ってください」
「元がこれだ」
「でしたら人の姿に化けてください」
「……わかった」
悪魔はパチン、パチン、パチン、と指を鳴らして青年の姿に戻った。パケロはため息を吐き、悪魔の手を握った。悪魔の手は冷たく、パケロの手は温かく湿っていた。
「地上にいるのであれば人間の姿を失ってはいけません、悪魔」
「……それ、前にも槙島に言われた」
「でしょうね。ここは教会です。あなたのような悪魔が出入りしていい場所ではありません。マキはあなたのことをきっととても困った悪魔だと思っていたでしょう」
ぐうの音も出ないのか悪魔は「ギュウ」と呻いた。
「悪魔、あなたはマキを殺した犯人が分かりますか?」
「分かっていたら泣いてない……」
「マキの首がどこにあるかは?」
「分かっていたら泣いていない!」
「なら、探さなくてはいけません。そうでしょう?」
悪魔は床に膝をつきパケロと目を合わせて「ウン」と頷いた。
悪魔にはいくつか人智を越えた力があるが過去にあったものを探すことはできないし、命のないものを探すこともできないのだ。だから悪魔は槙島を殺した犯人も分からないし、槙島の首を探すこともできないのだ。悪魔は恐ろしい異形の瞳からぽろぽろと涙を落とした。それは不甲斐なさ故でもあり、やはり槙島が死んでしまった事実を受け止め切れていなかったためでもある。パケロは冷たい悪魔の手を彼女のできるかぎりの力で握った。
「人を探すのであれば警察に頼るのが人間の常とう手段です。ですから私たちは警察と協力しなくてはいけません。彼らはきっとマキの首を見つけてくれます。ですからこのように気を失わせていけません」
「……だって、こいつが……オレを疑うから……」
「それでもです。マキを殺した犯人を私たちは知らなくてはいけません。マキの首を取り返さなくてはいけません。私たちはマキが大好きだから。……違いますか?」
「……そうだ。オレは、……槙島を取り返す」
「でしたら落ち着いてください。警察の手を借りるために、あなたは人にならなくては……」
悪魔はパケロの手を握り返し「わかった」と小さく頷いた。
「やり直す」
「ええ、そうしましょう」
それで悪魔はパチンパチンと指を鳴らし、一度『すべてをやり直す』ことにした。要するに警察連中全員の記憶を消し、彼らがこの家から訪れるところから、彼らの記憶をやり直したのである。悪魔は時は戻せないが人間の記憶程度はいじれるのである。
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