Ⅲ
――わたしはこのふたりの涙を見ながら自分というものが産まれたことを理解した。
悪魔のジャケットの内側から彼らがワンワン泣くのを聞きながら、自分が『槙島』という人間の魂をベースに、しかし全く違う意思を持ったものとして存在していることを自覚した。もっというのであればわたしの中に『槙島』という考えがあり、また『悪魔』の考えもあり、そうして『パケロ』の考えもあり、『天使』の考えも存在していた。それは『わたしが産まれたあの瞬間』に、そこに関わっていたすべての思考が混ざり合って――『悪魔の小瓶』の中に永遠に囚われたためである。そしてそれはもはやそれらすべてとは異なる別の意思となり、――つまりそれがわたしだった。
わたしは彼らが泣くのを見ながら『なんてかわいそうなのだろう』と思った。
そうして――なんとかなぐさめてやりたい――と思った。
それがわたしの初めての感情だった。
そして、わたしは初めて動いた。つまり――悪魔のジャケットの中から出てきて、彼らの額に触れたのだ。
「ヘ?」
「……なんですか、これは?」
彼らからしたらそれは、青く輝き宙に浮く小瓶が自分たちの額をコツン、コツン、と小突くということだった。彼らはひどく困惑したが涙を止めた。わたしはひとまずその結果に満足し、彼らの額をコツン、コツン、とまた小突いた。
しかし今度は、悪魔は「槙島ァ!」と泣きだし、それを見たパケロも「マキ! マキなんですか!!」と泣いた。
彼らは結局昼まで泣いた。わたしは『だめだったか』とため息を吐きたい気持ちになった。が、もちろんわたしは『小瓶』なのでため息は吐けない。
「槙島、槙島、なんで死んだんだよぉ、誰がお前を殺したんだ!」
「マキ、ひどいです、死んでしまうなんて、ひどいですよ、マキ……」
「そうだ、ひどい、ひどいやつだ……ウエッウエエエ……」
「ウワアアアッ……」
――そういうわけでこの部屋に警察が来たのはその日の夕方になったのである。
ちなみに警察を呼んだのはパケロである。悪魔はそのときはまだ泣いていたし、警察がやってくるギリギリになってようやく人の姿に戻れるぐらいには嘆き続けており、幼女にしがみついて泣く悪魔などという宗教画でもなかなか見ない構図だったことは、ここでは余談である。
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