パケロは黒檀の瞳で悪魔を見つめていた。真っ直ぐに見詰められたことで悪魔は首をかしげた。普通、悪魔は人の目には映らないからだ。もちろん見られるようにすることもできるが、このとき悪魔は見られないようにしていたので悪魔は驚いた。


「……オレが見えるのか? ならお前も預言者か?」

「わたくしは悪魔の娘です」


 パケロはそう名乗った。悪魔はさらに驚いた。


「お前はどう見たって人の子だ。それにお前を見ると目がかゆくなる。つまりお前は聖職者、神の子じゃないか。どう転んだって悪魔の子ではないぞ。オレに悪魔の道に落ちるように誘惑してほしいのか?」

「いいえ。マキがそう言いましたからわたくしは悪魔の娘です」

「マキ?」

「槙島神父です」

「槙島? ……槙島は嘘を吐かないぞ。じゃあお前、マジで悪魔から産まれたのか? でも誰だよ。出産『呪』いなんてしばらく贈ってねえぞ……ベルゼブブか? アザゼル? まさかサタンとは言わないよな?」


 悪魔は困惑していた。パケロもまた困惑していた。パケロのその困惑した瞳を見て悪魔はさらに困惑した。


「なんだよその目は……まさか『オレ』か⁉ え、『オレ』⁉」

「……違うのですか?」

「違うに決まっているだろ! 子どもを作るなんてオレの仕事じゃない!」


 悪魔は大変困惑した。そんな困惑した悪魔を見てパケロも大変困惑した。しかし悪魔は「ア」と声を上げた。


「そんなことはどうでもいい! 槙島!」


 悪魔は叫ぶと走り出した。パケロの脇を通り過ぎて教会の奥の扉をくぐると階段を駆けのぼり、槙島の寝室に駆け込んだ。

 そこにはベッドの上で永遠の眠りにつく老人の遺体があった。悪魔はその遺体を見て「アア」と嘆き、その場に膝をついた。


「お前というやつは……何故そう言わない! このっ……大馬鹿野郎!」


 その老人の遺体には『首がなかった』。首があったであろう場所は赤黒い血に染まっていた。こぼれた血が床にまで広がっていた。槙島は抵抗をしたのか壁や天井にまで血痕があった。つまりそれは凄惨な『殺害現場』だった。一目で苦しみの中に死んだことが分かるその光景に悪魔は嘆いた。


「せめて犯人を言ってから死ね! そいつに永遠の苦しみを与えてやったのに! お前は! お前というやつはなにもかもを赦すつもりか! なんという馬鹿だ! ウウウ……」


 パケロは悪魔を追ってその現場に入り、そしてその恐ろしい姿と化した遺体を見た。悪魔の慟哭が響く凄惨な現場に、「アア」と悪魔と同じように嘆き、悪魔の隣に彼女は膝をついた。


「マキ……マキが……どうしてマキがこんな……」

「『殺された』! 槙島が……オレの友人が……ウァア……」


 悪魔は頭を掻きむしるとその髪があっという間に燃え上がった。赤黒い炎と化したその髪の下で爛々と輝く宝石のような瞳からぼろぼろと星に似た涙を落とす。その口からのぞく舌は紫色になりその両手からは恐ろしい鉤爪が生え、そうして恐ろしい尾が生えた。その尾がバンバンと床を叩く。

 隣にいた青年がそんな恐ろしい変貌を遂げたがパケロは全く気にしなかった。彼女もまたその真っ黒な瞳からぼろぼろと涙を落としていた。


「マキィ……うわあああ……」

「ウワアア……アアア……なんてやつだ……なんてやつなんだ……」


 パケロと悪魔は自然と手を取り合って、お互いにお互いの肩に瞼を押し付けて、ワンワン泣いた。それはとても自然なことだ。お互いにお互いの最も大事な人を失った爆発的な喪失感と悲しみに耐えることで精いっぱいで、お互いが『なにか』など『どうでもよかった』のである。ふたりはワンワン泣いた。

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